と、このような知識があれば、私は介護に完璧に備えられていると思っていた。
とにかく使える社会資源を使えるだけ使って、プロに頼むこと。周りには障害者の権利向上活動をしている人も多く、そのような人たちから「家族介護は最終的には殺し合いになるから絶対に他人介護にしろ」「密室介護は危険、とにかく家族は『開け』」「プロに頼め」とうるさいほど忠告されてきたこともある。
ということで準備万端だと思っていたのだが、そうではないことを最近、突きつけられた。
それは介護に関する2冊の本を読んだことによる。1冊はコラムニスト、ラジオパーソナリティーとして活躍するジェーン・スーさんの『介護未満の父に起きたこと』(新潮新書、2025年)、もう1冊は翻訳家、エッセイストとして活躍する村井理子さんの『義父母の介護』(新潮新書、2024年)。ジェーン・スーさんは1973年生まれ、村井さんは70年生まれと、75年生まれの私よりちょっと年上。
そんな2人に共通するのは、「介護はプロに」という心構えと情報があったということ。が、現実は甘くなかったというのだ。
例えば『介護未満の父に起きたこと』の裏表紙の帯にはこんな文章がある。
〈老人と言えば介護。日本には十分な介護保険制度があるから、安心。そう思っていたが、甘かった。人はいきなり寝たきりになるわけではない。そういう人もいるかもしれないが、たいていは誰もがイメージする「ザ・介護」の前段階がある。騙し騙しやっていたいままでの生活が、さまざまな理由でひとりでは回せなくなる日がやってくるのだ〉
一方、村井さんの方の帯には以下。
〈すべては完璧なはずだった。私が頭の中で思い描いていた「介護はすべてプロにお任せ」という計画は、これでスムーズに動き出すはずだった。しかし、後期高齢者介護は、そんなに甘いものではない。これで全てバッチリだと私が油断していた矢先、大事件が勃発した――〉
どちらも不穏さに満ちているではないか。
ということで、ジェーンさんの本は突然一人暮らしとなった父親の82歳から87歳までの記録。幸い健康なのだが、家事がほとんどできないという昭和の男でもある。
そんな父親の唯一の家族であるジェーンさんは、父の諸問題をビジネスタスクに見立ててあるべきゴール=「父が精神的・肉体的に健やかなひとり暮らしを一日でも長く続ける」を設定。そのために「快適な居住空間の維持(精神衛生)」「健康的な食生活(健康維持)」「体力づくり(寝たきりと怪我の防止)」という3つの基本方針を決める。
そうして家事がほぼできない父親の部屋の大掃除をし、料理を教え、食材を用意したり食事の手配(Uber Eatsで配達してもらうなど)をしたり家事代行サービスを頼んだり、そんな父にコロナ禍、ワクチン接種をさせたりと奮闘する様子が描かれるのだが(しかももちろん仕事をしながら)、読後に湧き上がってきたのは「実家疲れ」(実家に帰って親と過ごした時にしか湧き起こらない、独特の疲弊感)とでも言うべき感覚だった。
昭和の父が食事に不満を言ったりする描写を読むたびに、こっちも苛立ってしまうのだ。会ったこともない、私の人生にまったく関係ない他人の父親だというのに。それくらい、うちの父が言いそうなことをジェーン父は言う。
そんなジェーン父は2024年に介護認定調査を受け、「要支援2」となったそうだが、認定を受ける前でもこれほど「なんらかの手伝い」が必要なのか……と愕然とした。
一つひとつは小さなことだ。しかし、ペットボトルの蓋が開けられなくなったりお椀がうまく持てなくなったりラップを剥がせなくなったりと、思いもよらない「できないこと」が少しずつ増え、日常に支障が出る。
要支援2となってからは在宅の生活援助を利用するのだが、その「使い勝手の悪さ」にも辟易した。
〈一回の利用時間の上限が基本的には1時間までと決められていることが多く、一日に何度利用しても良いとはされているが、次の利用までに2時間以上空けた場合とそうでない場合では金額(点数という表現が妥当ではある)が異なるなど、とにかくシステムを理解するのに熱量と時間を要する〉
この国の公的制度のこういう使いづらさと難解さ、本当にどうにかならないものだろうか。
ちなみにこの本で驚いたのは、今はITを使った便利なツールがたくさんあること。ジェーンさんはこれを「スマート介護」と表現する。
例えば「エコーショー」というデバイスに「今日の予定」を入れておけばそれを音声で読み上げてくれる。
「9時半からヘルパーの○○さんが来ます」「今日は午後1時から病院です」など。これで父の一人暮らしは滞りなく進む。
連絡がつかないなど「家で倒れているのでは?」という時は「エコーショー」の「呼びかけ機能」により、画面が勝手に繋がって安否も確認できるという便利さだ。
タクシーアプリもフル活用。支払いはジェーンさんのカードで、迎えに来てくれた上に乗れば「乗車中」、目的地に着けば「ありがとうございました」と教えてくれる。
また、高齢になり痩せていく父を心配したジェーンさんは、毎日の食事の写真をLINEで父から送ってもらうようにしている。これなどはすぐに使えるやり方だ(でもうちの父がLINEで写真を送れるだろうか? っていうか、ガラケーだった……)。
もう1冊、『義父母の介護』はタイトル通り、夫の両親の介護。
義母は認知症、義父は脳梗塞で倒れるなどなかなかのハードモードだが、そんな中、介護サービスを拒絶する義父の姿や、認知症が進む義母の様子が赤裸々に描かれる。大変だけど、あっけらかんとした文章に思わず何度も笑ってしまった。