そうして久々に会った彼女は、一児の母となっていた。
子どもの保育園探しの大変さや、仕事と子育ての両立の過酷さを語り、「もう死にそう」と言いながらも、彼女は幸せそうだった。旦那さんも子育てや家事に協力的だそうで、20代の頃から彼女を知っている身としては、「真っ当な幸せ」をつかんだように見える彼女の姿が、なんだか眩しかった。
真っ当な幸せ。何をもってそう言えるのかはわからないが、正社員として働き、結婚して、産休や育休をとって子どもを産んで、その後も無事、職場復帰して「時短制度」を使って働いている――と語る彼女のすべてが、30代後半で独身の私には、なんだか信じられないほど「真っ当」なものに見えてしまったのだ。
そんな彼女が、「○○さんと食べてくださいね」と言いながら、手みやげにお菓子を差し入れてくれた。「○○さん」というのは、彼女とよく仕事をしていた頃に、私が付き合っていた人。が、こっちはとっくに「○○さん」とは別れていて、改めて「女の人生」の大きな別れ道に思いを馳せたのだった。
30代になって気づいたのだが、数年ぶりに会う女友達や仕事関係の女性は、時に非常に危険な存在だ。数年で、人生が激変している確率が高いからである。
これが20代の頃であれば、まわりが結婚しようが、出産しようが、不倫しようが、AVに出演しようが、他人のことなど基本的にどうでもよかった。が、30代ともなると、気がつけば選択肢は大幅に狭まっているのである。
そんな中で、「自分とはまったく違う生き方」をしている人を見てしまうと、なんだか「これでよかったのだろうか」という、答えのない迷宮に入り込んでしまうのだ。
私のまわりには、そんな迷宮をさまよった果てに、暴走を始めた同世代女子が結構いる。
優しい彼氏と突然別れて、ものすごい年下とつきあい始めた女子。「やりたいことがある」系の男に貢ぎ始めた女子。全然好きな相手じゃないけど、とりあえず不倫してみた女子もいる。反対に、様々な煩悩(ぼんのう)に振り回されることに疲れたのか、急速に「リアル恋愛からの撤退」方向に突き進む女子もいる。
「2次元」への没頭や、ジャニーズタレントなどへの傾倒――それはそれで、楽しそうである。
さて、そんな暴走系女子の一人とも、久々に会う機会があった。それは、本連載の7回目『愛と資本主義の問題』にご登場頂いたナナコ(仮名)。
国家資格を持ち、バリバリ働くキャリアウーマン系女子だ。30代半ばで、これまで結構モテてきた。が、そんな彼女が5歳年下の「やりたいことがある」系のイケメン氏に出会い、月に数万円程度を貢ぎ始めた云々、と書いたのが2012年11月。それからもたまに話を聞いていたのだが、なんと、このたびイケメン氏と別れたと聞きつけ、話を聞きに行ったのだ。
「もう、とにかく顔がものすごく好みなの!」「一緒にいるだけで楽しくて、うれしくて、うっとりして、もうどうにかなっちゃいそうなの!」
この1年半ほど、会うたびに全身とろけそうな勢いでそう話していたナナコだが、こちらがイケメン氏についての話を振ると、まるで「道ばたのゲロ」を見るようなうんざりした顔になって、吐き捨てた。
「ああ、もう思い出したくもない。なんであんなのが好きだったのかまったくわからない。今、申し訳ないけど、すごく冷静に『死ねばいいのに』って思う」
あれほど大好きだった相手への思いが、ここまで冷めてしまうなんて、一体何があったのか。聞けば、「要求する金額」がどんどん大きくなってきただけでなく、「とにかく好みだった」顔は整形、そのうえ、これまでも年上女性に「貢がれる」生活をしてきたことが発覚したのだという。
そう語るナナコの顔は、何か「ツキモノが落ちた」としか表現しようがないぐらい、さっぱりとしていた。イケメン氏と出会ってからの1年半ほどは、彼女は時にびっくりするほどキレイだったけれど、常に「危うさ」を感じさせる空気もまとっていた。それにヒヤヒヤしながらも、私は何も言えなかった。
なぜなら、恋なんて「宗教にハマってる」状態よりもやっかいで、こちらが「やめなよ」なんて言えば言うほど、燃えてしまうに決まっているからだ。
「でも、全然後悔してないの」
彼女はあっけらかんとした顔で言った。
「彼と会ってからの1年半、死ぬほど面白かったし、私、きっと、そういう変な経験してみたかったんだと思うから」
彼と出会った頃、彼女は「人生の安定期」にいたという。仕事もそれなりにうまくいっていて、長くつきあっている彼氏とも穏やかな幸せが続いていて……。
30代半ばとなり、このまま行けば、いろいろと先が見えてしまいそうなそんな頃、彼女は突然、そのすべてをブチ壊したくなったのだという。
「彼には、それにつきあってもらっただけなんだよね。向こうは何も知らないけど。だから、相当貢いだけど、『金返せ』とかはまったく思わない」
そんなイケメン氏との別れを経て、気づいたことがあるという。
「私、彼から一人の友達も紹介してもらってなかったんだよね。で、私の友達にも一人も会ってくれなかった。今まで、彼氏と別れる時って、共通の友達になんて言おうかとか、仕事先の人にも紹介したりしてたから気まずいなっていうのがあったけど、今回はまったく、私の日常に、恐ろしいほどなんの影響もない。なんか、最初からこの世に存在しなかったんじゃないかってくらい、私の人生から鮮やかにフェードアウトしたの」
なんだか、なんて答えていいのか、わからなかった。だけど、とりあえず私は「別れる」という選択をした彼女を祝福した。
「イケメン、これからどうするんだろうね」と聞くと、ナナコは笑って「また誰かに拾ってもらうんじゃない?」と言った。野良猫のように生きるイケメン氏は、きっとまた「人生という迷宮をさまよう」年上女性に拾われるのだろう。
世の中には、いろんな生き方があるようだ。そんなことを、思った。
次回は12月5日(木)、テーマは「母であることから降りられない」の予定です。