2020年2月10日、東京電力福島第一原子力発電所で増え続ける、ALPS(多核種除去設備)で処理した放射性物質を含む水の取り扱いについて検討を行っていた「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」(ALPS小委員会)が報告書を発表した。
報告書は、放射性物質を含む水(以下、処理水)を海洋や大気へ放出することが現実的な選択肢だとし、さらに「放出設備の取扱いの容易さ、モニタリングのあり方も含めて、海洋放出の方が確実に実施できる」と強調している。2022年夏にはタンクが満杯になる見込みで、政府は準備期間を2年とみて、地元の意見をきいた上で2020年の夏までに判断するとしている。
しかし、処理水の取り扱いについては、十分現実的な陸上に大型タンクを建設し保管する「大型タンク貯留案」や「モルタル固化案」が提案されているのにもかかわらず、それらはALPS小委員会ではほとんど検討されないまま、報告書は公開された。
約860兆ベクレルのトリチウムが放出される
福島第一原発のサイトでは、燃料デブリの冷却水と原子炉建屋およびタービン建屋内に流入した地下水が混ざり合うことで発生した汚染水をALPSで処理し、タンクに貯蔵している(図1)。タンクはすでに979基で、貯蔵されている処理水は119万㎥以上となった(20年3月12日現在)。
貯蔵されている処理水に含まれるトリチウムの総量は推定860兆ベクレル。これは事故の前の年の2010年に福島第一原発から海洋に放出されていたトリチウム(約2.2兆ベクレル)の約390倍である。原子力施設の年間の排出目標値は施設ごとに定められており、事故前の福島第一原発の場合、年間22兆ベクレル。仮にこの目標値を守るとすると、860兆ベクレルのトリチウムを放出するためには数十年かかることになる。
経済産業省は、トリチウムは世界各地の原発で海洋放出されていることを強調し、トリチウムの健康への影響はほとんどない、という趣旨の説明を繰り返している。
確かにトリチウムは各地の原発や再処理施設から大量に放出されている。しかし、トリチウムの健康への影響は専門家の間でも意見が分かれている。トリチウムが有機化合物を構成する水素と置き換わり、それが細胞に取り込まれた場合、食物連鎖の中で濃縮が生じうること、またトリチウムが人体を構成する水素と置き換わったときには、近隣の細胞に影響を与えること、トリチウムがDNAを構成する水素と置き換わった場合、DNAが破損する影響などが起こりうることなどが指摘されている。
ヨウ素129、ルテニウム106、ストロンチウム90などが基準値超え
また、貯蔵されている処理水の約7割で、トリチウム以外の62の放射性核種の濃度が総合的に勘案すると排出基準を上回っており、最大2万倍となっている 。基準値超えしているのは、ヨウ素129、ルテニウム106、ストロンチウム90などだ。東京電力(以下、東電)は海洋放出する場合は二次処理を行い、これらの放射性核種も基準値以下にするとしている。
しかし、こういったトリチウム以外の核種が基準値超えしていることが明らかになったのは、共同通信などメディアのスクープによるものだ。それまで東電がALPS小委員会に提出していた資料では、他の核種はALPSにより除去できていることになっていたのだ。このことが引き起こした東電への不信感は大きい。
44人中42人が海洋放出に反対
経済産業省は、この処理水の処分に関する説明・公聴会を2018年8月30日、31日に福島県の富岡町、郡山市、東京都千代田区で開催した。
3会場で実施された公聴会では、意見陳述人44人中、42人が明確に海洋放出に反対。とりわけ、福島県漁連の野崎哲会長や新地町に住む小野春雄さんなど漁業関係者が切々と、いままで少しずつ回復させてきた漁業に壊滅的な影響が出ることを訴えた。また、多くの人がトリチウムの危険性を指摘し、タンクで長期陸上保管すべきと述べた。
公聴会終了後、経産省のALPS小委員会の山本一良委員長は、「代替案に『陸上保管案』も加える」と発言。しかし、実際には、陸上保管案をめぐる議論はほとんどなされなかった。
大型タンク貯留案
陸上保管案については、プラント技術者も多く参加する民間のシンクタンク「原子力市民委員会」が、「大型タンク貯留案」、「モルタル固化案」を提案し、経済産業省に提出した 。
このうち、「大型タンク貯留案」は、ドーム型屋根、水封ベント付きの10万㎥の大型タンクを建設する案だ。建設場所としては、福島第一原発の敷地内の7・8号機建設予定地、土捨て場、敷地後背地等から、地元の了解を得て選択することを提案。800m×800mの敷地に20基のタンクを建設し、既存タンク敷地も順次大型に置き換えることで、新たに発生する汚染水約48年分の貯留が可能になる(図2)。
ALPS(多核種除去設備)
汚染水からセシウムを含む62種の放射性物質(トリチウムを除く)の除去が可能とされている設備のこと。
燃料デブリ
原子炉の炉心が過熱し、核燃料や原子炉構造物などが事故により溶融し、冷えて固まったもの。
トリチウム
水素の同位体であり、放射線を出す放射性物質の一つ。原子核が陽子1個、中性子2個から構成され、「三重水素」とも言われる。 自然界では、宇宙線と大気中の窒素と酸素が反応することで発生し主に水として存在しているが、原子力発電による核分裂でも発生する。半減期は約12年。
排出基準を上回って
それぞれの核種の濃度を核種ごとの基準値で除し、その和が1を上回っていることを指す。
防液堤
設備・装置から油や薬品等が漏れ出した際に、その設備、装置以外の箇所に漏れ出ていってしまうことを防止するためのフェンスの役割をする堤のこと。
モックアップ施設
廃炉のために造られる原寸大の模型(モックアップ)施設