これに対し2006年末から07年にかけて発覚した問題は、政治資金の「出」(支出)にかかわることだった。
政治資金規正法改正に関する与野党間の対立も、支出の透明性をめぐるものだ。最終的に自由民主党は、同じ与党・公明党の主張を入れて領収書添付の義務付け容認に踏み切ったが、その間に、不適切な処理を指摘されていた松岡利勝農林水産相が自殺するという、深刻な事態にまで発展した。
佐田玄一郎行革相が辞任
安倍内閣で行政改革担当相に任命された佐田玄一郎氏の政治団体「佐田玄一郎政治研究会」が、実際には契約を結んでいない都内のビルの一室に事務所を置いたことにして、1990年発足時から2000年までに光熱水費を含む事務所経費として、計7800万円支出したと政治資金収支報告書に記載し、総務相に提出していたことが06年12月下旬に共同通信の調査報道で暴露された。これを受けて佐田行革相は12月27日、記者会見し「架空支出はなく、政治団体間の経費の付け替えだった」と釈明。同時に経費付け替えの違法性を認め、「国民に誤解と不信の念を抱かせたことをおわびする」として引責辞任を表明した。
この辞任劇の直前には、政府税制調査会会長だった本間正明氏が、公務員宿舎への不明朗入居で引責辞任しており、閣僚辞任は安倍内閣に大きな打撃を与えた。
相次ぐ与野党幹部の不祥事
07年に入ってから、松岡利勝農林水産相や伊吹文明文部科学相ら多くの与野党議員が、自らの政治団体の事務所を光熱水費、家賃とも無料の議員会館に置いておきながら、政治資金収支報告書に光熱水費などを計上していることが発覚した。なかでも松岡農水相の政治資金管理団体「松岡利勝新世紀政経懇話会」は、05年までの5年間で計2880万円もの光熱水費を計上。野党側が厳しく説明を求めた。これに対し松岡氏は「ナントカ還元水(の装置)を付けている」など、いい加減な言い逃れに終始し、野党の怒りをかった。
ところが、この間に野党側の不祥事も相次いで発覚した。まず民主党出身の角田義一参議院副議長が、01年参院選挙時に受け取った多額の寄付を政治資金収支報告書に記載していなかった疑惑が浮上し、07年1月26日副議長を辞任した。
中井洽元法相も3月13日、衆議院議員会館に事務所を置きながら光熱水費を約500万円計上していたことを認め、陳謝した。
さらには小沢一郎代表が政治資金を使って、秘書の宿舎として10億1900万円もの不動産を取得していたことが明るみに出た。民主党の「政治とカネ」の問題に対する追及姿勢が及び腰になったのは、こうした自らのスネの傷を気にしたためとみられ、国民の不信感は与野党双方に向けられた。
政治資金規正法の改正
安倍首相は「政治とカネ」の問題を沈静化させようと、1月下旬には法改正を含めた透明化策を急ぐよう自民党側に指示していた。ところが、党の責任者となった党改革実行本部長の石原伸晃幹事長代理は調整に動こうとしなかった。それは自民党議員の大半が、使途を明確かつ透明にするのに消極的だという、党内の空気を反映したものだ。この間、改正論議をリードしたのは公明党だった。公明党側は、資金管理団体の5万円以上の経常経費支出については領収書添付を義務付けるよう主張。これに対し自民党側は、「政治活動の自由を阻害されかねない」として領収書添付に難色を示し、調整は難航した。
しかし参院選を控え、与党として法改正を打ち出さないと国民の政治不信を払拭できないとの判断も強まった。このため安倍首相は5月7日、首相官邸に石原党改革実行本部長を招き、政治資金法改正問題については公明党案に沿って、自民党案を取りまとめるよう強く指示した。
これによって、それまで消極的だった石原氏もやっとみこしを上げ、与党案をまとめた。それによると、①政治資金収支報告書へ1件5万円以上の支出について領収書添付を義務付ける、②政治団体全部にまでは広げず「政治資金管理団体」に限る、③政治資金管理団体による不動産取得・保有を禁止する、ということを盛り込んだ。
安倍首相は「『領収書を添付すべきだ』という国民の強い声もあり、透明性を高める観点から添付を指示した」と与党案の意義を強調した。
これに対し民主党の鳩山由紀夫幹事長は、「対象額が5万円以上で、資金管理団体に限定しているなど完全にザル法だ」と非難した。
集中審議は不発
「政治とカネ」の問題をめぐる集中審議が、5月23日に衆院予算委員会で行われた。野党側は松岡利勝農水相の政治資金管理団体の事務所費問題を厳しく追及したが、松岡氏は「法の定めに従って報告した」と従来の答弁を繰り返すだけだった。安倍首相も「法律に求められた説明は果たされた」と松岡氏をかばい通した。
質問に立った民主党改革推進本部長の岡田克也氏は、「松岡氏が辞めないのは、実は首相がかばっているからだ」と指摘したが、追及はそれ以上には進まなかった。
逆に安倍首相が小沢氏の不動産所有問題に言及し、「小沢代表の問題について発表されたが、別の人が監査をされただろうか」、「10億円を超える事務所費を計上し、(土地建物を)個人名義にした。個人的な蓄財や投資が行われる懸念がある」と切り返す場面もあった。
与党は5月30日にやっと議員立法として改正案を国会に提出したが、これに先立って集中審議をセットしたのは、松岡問題などの一件落着を図ろうとする狙いがあった。
松岡農水相の自殺で暗転
ところが松岡農水相が5月28日、東京都港区の赤坂議員宿舎で首つり自殺したことから事態は暗転した。松岡氏の自殺の本当の理由は不明だ。遺書にも公表された限りでは、はっきりした説明はなかった。政治資金問題以外にも、林野族だった松岡氏にとって、林野庁の独立行政法人「緑資源機構」に強制捜査が入ったことなども、自殺の理由として取りざたされた。
いずれにせよ松岡氏が自殺したことは、政治資金問題の闇の深さをあらためて見せつけた。年金問題と並んで内閣支持率急落の原因となっており、安倍首相としては、「政治とカネ」の問題に積極的に取り組むことが求められている。