選挙無効の可能性もある
衆議院と参議院の選挙制度がともに、最高裁判所から「違憲状態」と判断されている。新憲法下で初めての異常な事態だが、最高裁からイエローカードを突きつけられた国会の動きは鈍い。国会は2012年11月16日衆議院解散の直前に「0増5減」の選挙制度関連法を成立させたものの、区割り変更にまで至らず、違憲状態とされた定数配分のまま総選挙に突入することになった。このため今回の選挙に対して「違憲・無効」判決が下される可能性もなしとはしない。選挙が無効となれば、当該選挙区の議員資格が取り消されるか、場合によっては衆議院選挙全体が無効という判決となるかもしれない。野田佳彦首相は定数是正をしない場合でも衆議院解散が可能との認識を示したものの、最高裁が厳しい態度に出れば、議会制民主主義は危機的な状況を迎えることも予想される。
最高裁は警告している
2009年8月総選挙での最大格差は、1票の価値が最も重い高知3区と最も軽い千葉4区との間で2.30倍あったが、高等裁判所段階では「違憲」4件、「違憲状態」3件、「合憲」2件と見解が分かれていた。そこで最高裁判所大法廷は11年3月、衆議院の選挙制度を「違憲状態」とする判決を下した。過去には1972年総選挙の4.99倍を76年判決で、83年総選挙の4.40倍を85年判決でそれぞれ「違憲、選挙は有効」としたことがあるが、今回は「違憲」とまではしなかった。ただ注目されたのは、定数配分の基本となっている各都道府県にまず1議席を割り振る「1人別枠方式」をやめるようクレームをつけたことだ。最高裁が立法内容にまで踏み込んだことは異例であり、最高裁が本気で国会に警告していることも示している。
選挙区割りは、公職選挙法と衆院選挙区画定審議会(区割り審)設置法によって行われる。区割り審は10年ごとの国勢調査に基づいて新たな区割りを行う。最新の2010年国勢調査人口速報値は11年2月に発表され、区割り審は1年以内に新たな区割りを行う義務があったが、最高裁判決が出たため作業を中断。国会が期限までに衆議院定数是正のための公選法改正を行わなかったため、現行衆院選挙制度は「違法状態」にも陥ってしまった。これも国会の怠慢だ。
国会はどう対応したのか
最高裁判決に対する与野党の対応は鈍い。与党・民主党は改正案づくりで二転三転したあげく12年通常国会に、(1)小選挙区で山梨など5県を1議席減とする「0増5減」、(2)比例代表で40議席減、(3)比例140のうち35議席に連用制を導入する、との公選法改正案を提出。衆議院では強行可決したが、与野党逆転の参議院で廃案となった。これに対し野党・自由民主党はとりあえず最高裁の「違憲状態」を解消するため、(1)各都道府県にまず1議席割り振る「1人別枠方式」を廃止、(2)小選挙区で山梨など5県で1議席減とする「0増5減」、とする法案を12年通常国会に提出した。民主党の「0増5減」の部分は自民党案を取り入れたものだが、そもそも最小限の手直しで批判をかわそうという姑息な案だ。ただ野田首相が10月19日の与野党党首会談で、「『0増5減』先行だと多くの党が言うならそれも含めて検討したい」と表明。11月14日の党首討論では、次期通常国会での定数削減処理を条件に「0増5減」案の先行処理を受け入れる考えを示したため、「0増5減」の選挙制度関連法が解散日の16日に成立した。これによって1票の格差は2倍以内に縮小する。
甘すぎる無効回避の考え
国会側がどこまで対応すれば、次回選挙に対する違憲訴訟における最高裁の「違憲」「選挙無効」を回避できるか。読みはさまざまだ。改正努力の姿勢だけ示しておけば、最高裁が「違憲」とはするだろうが、1976年判決と同様に、社会的な影響が大きいことを理由に「事情判決の法理」を援用して「選挙無効」とはしないのではないのか、という見方がある。これは甘すぎるとの見方も強い。多くの識者は少なくとも法改正まではしておかないと「選挙無効」があり得るとみる。今回、「0増5減」の法改正は実現したものの、本来なら定数是正を受けて区割り審議会が新たな小選挙区の区割りを行い、周知期間を経て次回総選挙を実施するのが筋だが、野党が「年内解散」を強く求め、政局が緊迫するなかで、時間切れとなり、法改正だけでしのごうとした。これまた現在の国会機能の衰弱現象を示す。
衆議院議員全員の失職も
しかし、それでも最高裁が「違憲」とした上で、「選挙無効」まで出す可能性は排除できない。その場合、法的効果はどうなるか。一つの考えは違憲訴訟が起こされた当該選挙区の当選者が「当選無効」とされるというものだ。例えば訴訟が野田首相の千葉3区を対象に起こされれば、今の情勢では考えにくいとはいえ、たとえ民主党が多数を取って野田首相が再指名されても、議員失職となり総理大臣職も辞めなくてはならない、とんでもない事態になる。もう一つの考えは、定数の不均衡は全体の問題だとして小選挙区の選挙全体、あるいは重複立候補制度などを考慮すれば比例代表を含む総選挙全部を無効とすることだ。こうなると衆議院議員の大半または全員が失職する。大変なことには違いないが、全員失職の場合には、参議院の緊急集会の規定(憲法54条2項、3項)を援用するしかあるまい。衆議院の事後承認が必要だが、衆議院固有の内閣不信任案の可決を除けば、ほとんどの権能を行使できるから、衆議院が一時消えてなくなっても心配はいらない。結局、どういう無効判決を出すかは最高裁の判断次第となる。
参議院にも「違憲状態」判決
一方、参議院はどうか。最高裁大法廷は2012年10月、最高5.00倍(神奈川県と鳥取県の間)だった10年参議院通常選挙について、同じく「違憲状態」とする判決を下した。定数配分についても「都道府県を選挙区とする方式を改める」よう求めた。人口の少ない県の合県か、ブロック制の採用などの抜本改正が必要となる。これに対して国会側の対応は衆議院選挙制度以上に姑息だ。12年通常国会で与野党が合意した法案が参議院を通過し、衆議院で継続審議になっているが、この改正案は2選挙区で定数を各2増やし、2選挙区で定数を各2減らすという「4増4減」案。それによって1票の格差は最大4.74倍にしか縮まらない。最高裁が求めているものとは似ても似つかないが、この法案も11月16日成立した。
とはいえ参議院の場合、13年夏に通常選挙が行われるが、「違憲状態」判決が下されてから1年経っていないという理由で、法改正さえしておけば事情判決の法理から「違憲・無効」判決までは進むまいという読みがある。その通り行くかは不明だが、早急に抜本改革を迫られることに変わりはない。
事情判決の法理
行政事件訴訟で、行政処分または裁決が違法ではあるが、これを取り消すと公の利益に著しい障害を生じる場合に、裁判所は一切の事情を考慮したうえ、行政事件訴訟法31条に基づいて請求を棄却することができる。
参議院の緊急集会の規定
衆議院が解散されたときは、参議院は同時に閉会となるが、解散中に緊急の必要が生じたときは、内閣が参議院の緊急集会を求め、参議院に国会の権能を代行させることができる。