*【「災害食」の専門家に訊きました(前編)~自治体の食料備蓄の現状や問題点について教えてください】からの続き
災害時、好き嫌いや食欲の有無は別にしても、「どんな食事でも食べられます」という人ばかりではない。アレルギーがある人や乳幼児、咀嚼・嚥下機能が衰えた高齢者は、食事が生命維持に直結することもある。また最近は、ムスリム(イスラム教徒。女性の場合は「ムスリマ」)やベジタリアンなど、特別な食のニーズを持つ人も周囲に増えている。これらの「食の要配慮者」は、避難所などで必要な食事を摂れるのだろうか。災害食を備蓄する自治体や炊き出しを担う支援団体では、食の要配慮者への対応をどこまで考慮しているのか。当事者やその家族が各自でできる対策は何か。須藤紀子・お茶の水女子大学教授にうかがった。
食における要配慮者は「CHECTP(チェクトピー)」
――通常の食が食べられず、災害時に配慮が必要となるのは、どのような人たちでしょうか。
災害関連の研修などでは、食における要配慮者のことを、「CHECTP(チェクトピー)」と教えています。これは「Child(乳幼児)」、「Handicapped(障碍者)」、「Elderly people(高齢者)」、「Chronically ill(食物アレルギーも含めた慢性疾患患者)」、「Tourist(言葉がわからない外国人、ムスリムやベジタリアンなど食のタブーがある人)」、「Pregnant woman(妊婦)」の頭文字です。日本では、メタボリックシンドローム予備群まで入れれば、国民の3人に1人が「普通の食事」が食べられず、何らかの栄養調整や、ミキサー食のような食形態のコントロールが必要です。
チェクトピーの中で発災後1食目から対応が必要となるのは、「食物アレルギー」です。アレルゲン(アレルギー反応を引き起こす原因物質)の摂取により、アナフィラキシーショックを起こし、死に至ることもあります。また、アレルギー反応を恐れて米だけを食べさせた例も報告されるなど、避難所では食べられるものがなく栄養不足になるリスクも高いです。
一方、避難所の食事は時間とともに改善されていくのが一般的です。被災直後はどうしても炭水化物中心になりがちですが、野菜や果物が増え、たんぱく質が摂れるおかずが入るようになれば、糖尿病や高血圧の患者にとっては望ましい食事になるでしょう。反面、慢性腎臓病の患者は野菜や果物に多く含まれるカリウムや、たんぱく質の摂取制限が必要なので注意しなければなりません。
要配慮者向けの「備蓄」は十分に用意されているか
――通常の食料備蓄に加えて、チェクトピーそれぞれに配慮した食料が必要になってくるわけですね。
実際のところ、自治体での要配慮者対応の食料備蓄はけっして十分ではありません。たとえば、アレルギー対応食を備蓄している自治体は固定備蓄で20.9%、流通備蓄で22. 1%にとどまっています。また、基本的に要配慮者向けの食品は受注生産なので、災害が起きたときに大量に確保しようと思っても、メーカーに在庫がないということが多いのです。
乳児用粉ミルクは固定備蓄30.8%、流通備蓄42.8%と比較的確保されていますが、実は乳児は被災地を離れる傾向が見られます。赤ちゃんが泣いて周囲の人に迷惑そうな顔をされる避難所よりも、親戚の家などに避難する方がよい、と判断しているのでしょう。
むしろ日本の人口構成を考えれば、備蓄量が必要になるのは高齢者用の食品です。能登半島地震の被災者の半分が高齢者と言われているように、高齢化が進んでいる地域では、要配慮者とはほぼイコール高齢者となるでしょう。
高齢者の食事で注意するべきなのは誤嚥です。飲み込みにくい食品を与えたことで誤嚥性肺炎となり、そこから災害関連死に至る恐れがあります。特に、災害時は断水で歯磨きがおろそかになりがちで、口の中の雑菌が増えるので、平常時よりも誤嚥性肺炎になりやすいことがわかっています。咀嚼・嚥下困難対応食(咀嚼・嚥下機能のレベルに合わせて、形態やとろみなどを調整した食事)はミキサー等を使って作ることが一般的ですが、災害時には封を開ければすぐ食べられる介護食品の活用が求められます。
では、自治体に高齢者向けの食品がどれだけ備蓄されているかというと、おかゆが固定備蓄で28.2%、流通備蓄で22.9%、高齢者も食べられるやわらかいおかずは固定備蓄でわずか6.4%、流通備蓄でも26.6%しかありません。おかゆは水分を増やしている分、栄養素密度が低く、たんぱく質も通常の白飯の半分くらいしかありません。おかゆばかり食べていると、どんどん低栄養になってしまいます。
行政には、たとえば「おもいやり災害食」などを備蓄することも検討してほしいと思います。災害食認証を受けた食品のうち、①低たんぱく質(腎臓病患者向け)、②特定原材料等〇〇品目中××品目不使用(アレルギー対応)、③性状・形状調整(咀嚼・嚥下困難対応食)、④水分・電解質補給サポート(脱水症状予防)、といった特性をもつ商品を、一般社団法人が「おもいやり災害食」として認証しています。まだ10商品しかありませんが、備蓄品にこうした認証マークがついていれば、混乱時でもスムーズに要配慮者向けの食事を提供できるでしょう。
とはいえ現状では、要配慮者向けの自治体備蓄はほぼ期待できません。となると、やはり要配慮者こそ自助が必要で、最低でも2週間分の食料備蓄があると安心です。基本的には、前編でお伝えした災害食の定義にあてはまるものをローリングストックしていればいいと思います。封を開ければすぐ食べられる加工食品が望ましく、咀嚼・嚥下困難対応食は、固さや粘度に応じて選べるユニバーサルデザインフードなどが便利でしょう。長期保存ができるアレルギー食品も、最近は増えているようです。どのような食品をどれくらい揃えればいいかということや災害時の食の工夫については、農林水産省が「要配慮者のための災害時に備えた食品ストックガイド」をネットで公表していますので、参考にしてみてください。
ローリングストック
普段食べている食品を少し多めに買い置きして、賞味期限の近いものから消費し、また買い足すことで、 常に一定量の食品が家庭で備蓄されている状態を保つこと。
ユニバーサルデザインフード
日本介護食品協議会が定める規格に適合する、食べやすさに配慮した食品。レトルト食品や冷凍食品のほか、液体に粘度を加える「とろみ調整食品」などがある。食品の固さや粘度にも度合いによって区分がある。
ハラール認証
「ハラール」とは「合法」「適法」という意味のアラビア語で、イスラム教の教義に照らして許されていることを示す。食に関しては、アルコールや豚肉を使用していないことがハラールの対象となるほか、多くの規定があるが、穀物や野菜、魚などは基本的に問題ない。「ハラール認証」とは、イスラムの戒律に則って調理・製造されている商品であることを認定するシステム。ただし国際的な統一基準はなく、複数の団体がそれぞれの基準にそって認証する仕組みとなっている。