2024年元日に発生した能登半島地震では、支援物資が届くまでの間、自治体や各家庭の限られた備蓄食料が頼みの綱となった。近年、大規模な災害が相次いでいる中、誰でも同じ状況に陥る可能性があり、災害時の食(災害食)への備えは喫緊の課題だ。しかし、自分が住んでいる自治体でどのような食料がどれだけ備蓄されているのか、把握している人は少ないかもしれない。現状の食料備蓄の問題はどこにあるのか、家庭での備えはどうすればいいのか等、日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT)のリーダーで、国内外の災害支援に詳しい須藤紀子・お茶の水女子大学教授にうかがった。
「災害食」は「常温保存」できる日常食
――「災害食」とは何でしょうか。いわゆる非常食との違いも教えてください。
東日本大震災を受けて2013年に設立された日本災害食学会は、災害食について、「いつものように食べることができない時の食のあり方」と捉え、「日常食の延長線上にあり、室温で保存できる食品及び飲料はすべて災害食となりうる」と定義しています。
これはいわゆる「非常食」とは大きく異なります。災害時には停電で冷蔵庫が使えなくなるので、室温で保存できるという点は、災害食も非常食も同じです。しかし、「一度買えば長期間保存できて、災害のときにだけ食べる、特別な食品」というのが非常食だとすると、近所のスーパーで手に入る、普段から食べ慣れているものをローリングストックすることで、賞味期限にこだわらず備蓄していくというのが「災害食」です。各自で1週間分を目安に、こうした災害食を備蓄しておくことをお勧めします。
災害食には一定の品質も必要です。東日本大震災後、食品備蓄への意識が一気に高まったことで、それまで備蓄用の食品を作ってこなかったメーカーが参入し、品質面で不安がある製品も出回るようになりました。当時は災害食の基準がなかったため、日本災害食学会で新たに認証制度を作り、衛生管理や保存性、容器包装の強度などに関する基準を設け、当該食品の販売実績が1年以上あることも認証要件としました。保存性については、「常温で輸送、保管、販売できる」ことを前提に、「6カ月以上の賞味期間があること」としています。ちなみに、「6カ月」はカップ麺をはじめほとんどの常温保存できる食品がクリアできる賞味期限です。現在、264製品が認証を受けており、詳細は日本災害食学会のサイトで公開されています。
――避難所に行けば食料がもらえるのであれば、各自で備蓄しなくてもよいのではないでしょうか?
いえ、食料備蓄は各自で行うのが基本と考えてください。災害時の食料備蓄は市区町村が担っているのですが、家庭で3日~1週間分の食料を確保していることを前提に、足りない分を補うという想定で量や種類を計算しています。備蓄が1日分というところは珍しくなく、多くて3日分というところがほとんどです。
また近年、多くの自治体で「固定備蓄」から「流通備蓄」へと切り替える動きが出てきています。固定備蓄とは、各自治体の倉庫に食料を保管しておくことですが、それにはお金とスペースが必要で、入れ替えの手間もかかります。一方、災害が起きたときに契約業者から食料を運んでもらう流通備蓄であれば、支払いは災害が起こったときに発生し、倉庫も不要です。自治体の財政状況が悪化する中、コストが抑えられる流通備蓄が選ばれているのでしょう。ただ、能登半島地震のように交通インフラが遮断されたとき、流通備蓄がどれくらい機能するかと考えると、やはり現物が身近にあるのが安心と言えます。
食料備蓄で必要な栄養は摂取できるか
――災害時の食事は簡易食品が多くなりがちで、栄養がちゃんと摂れるのかも気になります。栄養面で目安になるような情報はありますか。
災害時にすべての栄養素を満たすことは困難なので、厚生労働省(厚労省)が提示している「避難所における栄養の参照量」では、特に重要な栄養素として「エネルギー」「たんぱく質」「ビタミンB1」「ビタミンB2」「ビタミンC」の5つについて基準を設けています。たとえば、東日本大震災の後の事務連絡文書(2011年4月21日付)では、被災後3カ月までの当面の目標として、1日1人当たり、これらの栄養素をどれくらい摂ればいいかが示されており、さらに被災時に必要な各栄養素の参照量が年代別に提示され、幼児や成長期の子ども、女性などに対し、それぞれが特に必要とする栄養素についての注意事項も記載されています。
――この基準を元に、自治体は災害時に必要な栄養を摂れる食品を備蓄しているということでしょうか。
残念ながら、そうではありません。私が関わった調査(2018年9〜10月実施)では、アルファ化米やパンの缶詰を備蓄している自治体の割合は83.3%だったのに対し、おかずを備蓄しているのはわずか16.4%でした。厚労省の「大規模災害時に備えた栄養に配慮した食料備蓄量の算出のための簡易シミュレーター」を使うと、各市区町村が備蓄している食料で想定被災者全員に必要な各栄養素をどれだけ満たせるかを試算できます。本来は、自分が住んでいる市区町村のデータをこのシミュレーターに入れて実態を把握できればよいのですが、詳細な情報を公開していない自治体も多く、試算自体が困難なのは非常に残念です。
ローリングストック
普段食べている食品を少し多めに買い置きして、賞味期限の近いものから消費し、また買い足すことで、 常に一定量の食品が家庭で備蓄されている状態を保つこと。