「2007年問題」とはなにか
1947年から50年頃にかけての、ベビーブームで生まれた団塊の世代は、およそ1000万人。2007年には、これまで日本の産業・経済の発展を支えてきた。この世代の労働者が、一斉に定年退職の時期をむかえはじめる。少子化の伸展により、若い世代の労働人口が減少し続ける中で、ベテラン労働者である団塊の世代が、大量にリタイアしていくことは、産業界に深刻な労働力不足を招く恐れがある。業務に精通している同世代の労働者から、若年層や中堅層へ、技能・ノウハウの伝承が十分行われていないことも、深刻な問題である。また、大量の退職者が出ることに伴い、企業が支払う退職金の額も増加するとみられ、企業体力の低下を懸念する声もある。
これがいわゆる「2007年問題」だが、この問題には忘れてはならない、もう一つの側面がある。それは、企業の屋台骨を支える基幹系システムを、これまで構築・保守してきたIT分野のベテランエンジニアが、大量に退職することにより、システムを開発・維持することが困難になるという問題である。
企業の基幹系システムが危ない
企業情報システムの大半は、すでにメインフレームと呼ばれる大型汎用機やオフコンを用いたレガシーシステム(旧式システム)から、現在主流になっているオープン系のシステムへと、刷新されていると思っている人も少なくないだろう。しかし、ある調査によれば、日本では現在も基幹系システムのおよそ30%で、メインフレームが使用されており、欧米などと比べ、レガシーシステムからの移行が大幅に遅れているといわれる。団塊の世代から業務を引き継ぐべき若手エンジニアで、レガシーシステムに使用されているCOBOLや、PL/1といった言語の知識を持っている者は少ないので、このままではシステムの維持が困難になってしまうというわけだ。また、レガシーシステムの多くは、事業規模の拡大や業務分野の変化に合わせ、改修や拡張を繰り返してきており、複雑な迷路のようになっている場合も少なくない。その構造を把握できているのが、開発に携わってきたエンジニアだけだとすると、彼らの退職後、システムは完全にブラックボックス化してしまうことになる。そうなれば、問題が発生したとしても、対処できる人はもういない。
そこで近年、IT業界では定年の延長や再雇用制度の拡充など、レガシーシステムを保守・運用するための人材を確保しようとする動きがみられる。しかし、「2007年問題」の提唱者である有賀貞一CSKホールディングス代表取締役によれば、問題の本質は、レガシーシステムの維持・管理ができなくなることにあるのではない、という。企業の根幹を支える巨大なシステムを、新たに開発・構築していく能力が失われていくことこそが、「2007年問題」の核心なのである。
次代を担うシステムを開発するには?
基幹系システムとは、企業が利用する情報システムのうち、業務内容と直接かかわるデータ処理を行うものをいう。販売や在庫管理、財務などを扱っているシステムが、もし止まってしまえば、企業の業務そのものが停滞してしまうことになる。それだけに、基幹系システムには、なによりも安定性と正確さが要求されるのだ。メインフレームからオープン系システムへの移行が、なかなか進まなかった背景には、メインフレーム並みの信頼性・可用性を、オープン系システムでは十分確保することが、難しかったこともあった。しかし、最近ではメインフレーム並みの高可用性を実現したシステムも登場。ハードウエア面では、レガシー・マイグレーションを行うための要件は整いつつある。では、人材面ではどうかというと、残念ながら準備万端整っているというわけにはいかない。
失われる旧システムの知識
団塊の世代が基幹系システムの開発・構築に取り組んでいたのは、1960~70年代。当時は、コンピューターの導入そのものが初めてということもあり、膨大な投資や優秀な人材の投入など、それこそ全社を挙げて業務のIT化に取り組んできた。そして、試行錯誤しながら、数多くの失敗をも乗り越えて、「使える」基幹系システムを作り上げてきた。しかし、現在では、ビジネスのグローバル化や規制緩和などにより、日本企業の経営環境は一段と厳しさを増しており、業務の効率化やコストの削減のため、情報システム部門のスリム化や子会社化を進める企業が増加。IT関連業務の大半を外注してしまう企業も少なくない。その結果、基幹系システムを一から再構築するために必要な人材や予算を十分確保できない事態が起こっている。
基幹系システムの再構築に、なぜ、それほど優れた人材が必要なのか。それは、メインフレームで稼働しているシステムを、そのままオープン系に置き換えただけでは駄目で、社会や市場、法規等の変化に柔軟に対応していくことが求められるからだ。ビジネスプロセスの変化、日本版SOX法への対応など、いま、基幹系システムは大きな変革を迫られている。企業の情報システムは、レガシーシステムからの脱却を図ると同時に、この新しい変化に柔軟かつ速やかに対応せねばならない。
残るのは旧システムだけか?
これを実現していくには、企業が手がけるすべての業務内容に精通し、ビジネスプロセスを正確にシステムへと落としていくエンジニアとしての能力をも要求される。しかし、基幹系システムを開発した経験を持つ団塊の世代のベテランエンジニアは会社を去り、人員を削減されてしまった情報システム部門に残るのは、保守・運用の経験しかないエンジニアばかり。システム開発を外部に委託しようにも、システムに落とし込むべき業務内容すら、十分把握していない場合が少なくない。企業の屋台骨を支えるべき基幹系システムが、もし、十分な機能を発揮できなかったとしたら、円滑に業務を進めることができなくなって、それこそ日本企業の競争力は低下してしまうだろう。これを防ぐためには、団塊の世代のエンジニアが有する高度な技能や豊富なノウハウを、きちんと後輩たちに伝承していく必要がある。
2007年、いよいよ日本企業にとって試練の年がやってきた。
メインフレーム
メインフレーム(mainframe)
汎用コンピューター(generalcomputer)、大型コンピューターと同義。特定の業務に特化したものではなく、事務処理から技術計算まで幅広い用途に使用することができるコンピューター。電源、CPU、記憶装置などの多くが多重化され、並列処理による対障害性に優れた機能が施されている。
レガシーシステム
レガシーシステム(legacysystem)
時代遅れで古くなったコンピューターシステムのこと。最新の技術ほど、わずかな時間で「レガシー化」するおそれがある。
COBOL
COBOL(CommonBusiness-OrientedLanguage)
プログラミング言語の一つ。事務処理計算用言語。共通性があり、読みやすく、書きやすさに主眼が置かれて開発された言語。英文構造に近く、明快な構造で、1960年にアメリカの国防総省とCODASYL(データシステム言語協議会)が共同開発を行った。
PL/1
PL/1(ProgrammingLanguage1)
1960年代にIBMがALGOLを基礎に、あらゆる用途に使える汎用言語として開発したプログラミング言語。70年代のメインフレームの標準言語として使用された。複雑かつ巨大な言語仕様のゆえもあり、コンパイラの開発が伴わず、今では他の言語に取ってかわられた。
オープンシステム
オープンシステム(opensystem)
さまざまに異なるメーカーのソフトウエアやハードウエアを組み合わせて構築されたコンピューターシステム。
レガシー・マイグレーション
レガシー・マイグレーション(legacymigration)
メインフレームで構築されたシステムを、UNIXやWindowsなどのプラットフォームに移植すること。
日本版SOX法
SOX法(Sarbanes‐Oxleyact)の日本版。会計監査制度の充実と企業の内部統制強化を求める日本の法規制。