輸入するときには関税がかかる
マレーシアでは、マハティール前首相の構想のもとで、プロトンという国民車をつくる会社を1983年に立ち上げた。マレーシア政府は、自国の自動車会社を守るために、外国からの輸入車に高い関税をかける。すると、冒頭のように、日本の3倍の価格の日本車が、マレーシアで売られることになる。これが、貿易の話題でよく取り上げられる保護政策である。国は、この政策により自国の会社を守ることができるが、国民は、安くて良いトヨタ車が買えない。そこで、消費者のために、高い関税を下げようとする動きがでてくる。世界貿易機関(WTO)は、世界全体の関税を下げ、貿易を自由にしようと努力してきた。
たとえば、WTOは、アフリカの農産物をアメリカに輸出するために、アメリカ側の農産物の輸入関税を下げることを促した。しかし、アメリカの農業者は、アメリカ政府が関税を下げるのを黙っていない。自由な貿易であれば、アフリカの安い農産物にくらべ、アメリカの価格競争力のない農家や中小企業は、窮地に追い込まれる。
そのため、WTOが促す関税引き下げの動きは、なかなかうまくいかない。貿易をボクシングにたとえれば、関税というガードのない打ち合いになれば、安価という競争力を持つ側が圧倒的に強い、弱肉強食となる。
2国間FTAは二つの国の間だけ関税をかからないようにする協定
世界全体の関税引き下げがはかどらない。そこで注目されたのが、2国間FTA(自由貿易協定 Free Trade Agreement)だ。これは、特定の2国間だけでも自由に貿易ができるよう、相互の関税を下げようという協定のこと。日本も韓国も、WTOによる、世界全体の関税引き下げを望んでいたが、2国間のFTAを結ぶ方向に政策の重心を切り替えた。世界的にも、FTAが活発に結ばれるようになり、FTAは増加している()。そのため、FTAを結ばない国だけが損をすることも出てきている。日本とマレーシアは、2006年7月に、日本・マレーシア経済連携協定(EPA)を結んだ。ほぼすべての鉱工業品と農産物の関税が、協定発効後10年間で撤廃される。この協定により、マレーシアの消費者は、カローラを安い価格で買えるようになり、日本の消費者は安いマンゴーを買えるようになる。
逆に、国内産業のマレーシアの国民車プロトンは、日本の優秀な車と競争できるように努力をしなければならなくなった。そのためにつらい立場になった。プロトンは、かつて国内で80%を占めた販売シェアが、06年には20%台まで落ちた。それでも、マレーシア政府は、関税という方法でこの会社を守り通すことができるかどうか。
まさかと思った米韓FTAが結ばれた
さて、韓国とアメリカのFTAが07年4月に突然に結ばれ、日本は仰天した。日本と韓国とのFTA交渉は長い間行われてきたが、行き詰まっていたからだ。韓国では、日本からの自動車やテレビなどの工業製品が安く輸入されるのを、韓国の業界が嫌がっている。反対に、日本では、韓国から安い農産物が輸入されるのを、日本の農家が嫌がっている。お互いに損をする人がいて、その人たちを守るグループがあると、FTAはなかなか実現しない。韓国とアメリカについては、韓国が約20人の専門家からなるチームを設置して、交渉に力を入れた。韓国側は、ジャガイモや大豆などの農産物はできるだけ輸入したくないが、自動車や繊維などの工業製品は輸出したいと思っている。一方、アメリカ側は、弁護士などの司法サービスの開放を韓国に迫っている。韓国への司法サービス開放要求は、仮にアメリカが日本に適用を求めてきても困るぐらい、韓国国内を説得するのが難しい条件であり、しかも、韓国は大統領選挙前の微妙な時期にある。そのため、米韓FTAは、政府レベルで締結された後でも、韓国の国会で批准され発効されて、関税引き下げが実際に実施されるまでには、まだまだ波乱が予想されている。とはいえ、韓国はヨーロッパとも交渉を開始し、FTAを軸にした世界戦略に打って出た()。
スパゲティ・ボールという問題点をどうするか
FTAが増えると、一つの大きな問題がおこる。世界中の国のいろいろな組み合わせで2国間FTAが結ばれたとき、どの関税がどの率で適用されるのか、という問題で、これがスパゲティ・ボール現象と呼ばれるものである。FTAがタイと日本で結ばれ、タイと中国で結ばれ、中国と日本で結ばれるとしよう。たとえば、ホンダが中国の広州でアコードを生産し、それをタイに輸出した場合、広州で製造したアコードは、中国とタイがFTAを結んだときの関税率でよいのか。その時、70%が日本からの輸入部品で製造されていたとしたら、そのアコードを中国製と呼べるのか、が問題となる。そこで、中国とタイのFTAで決められた関税が適用されるためには、原産地が中国であることを証明することが重要となる。このように、FTAの網が世界中にかけられており、スパゲティ・ボールの中が混沌としている。
アジア地域全体のFTAはどうなるのか
ところで、2国間FTAとは別に、アジア地域をFTAで結ぶ動きがあり、大きく二つに分けられる。「ASEAN(アセアン)+3」と「ASEAN+6」である。「ASEAN+3」は、東アジアFTAともよばれ、ASEAN10カ国(インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポール、フィリピン、ブルネイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)と韓国、中国、日本の13カ国によるFTA。「ASEAN+6」は、上記の13カ国にインド、ニュージーランド、オーストラリアを加えた16カ国によるFTA。ただし、これは、関税だけでなく、アジア域内での知的財産権の保護や経済協力までを含む、より包括的な考え方(EPA)に立つ。13カ国の考え方と16カ国の考え方の両方が、現時点では同時に進んでいる。13カ国の考え方は、専門家グループが検討を重ね、06年8月に13カ国経済大臣会合に報告書を出した。一方、16カ国の考え方は、民間の研究を開始することに合意し、研究センターの設立準備をしている。
いずれにしても、アジアの地域統合は、関税を下げる方向で少しずつ動いている。