広がるビジネス
ICカードは今や、販売促進や優良顧客の囲い込みなど、新たなマーケティングツールとして注目度が高い()()。電子マネーや支払いサービスが広がりをみせているが、その基盤となったのは、「FeliCa(フェリカ)」である。1枚で複数のサービスを提供できる多機能さや、支払いはカードを端末にかざすだけという利便性を生かし、様々なサービスが登場している。その事例や導入背景を紹介しよう。
スーパーのアサノ、支払いにEdyを活用
宮城県岩沼市のスーパーチェーン店「アサノ」は、電子マネー「Edy(エディ)」を活用した会員制サービスを提供している。会員費は無料、登録すれば会員証が与えられる。スーパーでの買い物はEdyを利用する。サービスの特徴は、それぞれの顧客の総利用額を電子的に管理し、会員は利用額に応じた割引を受けられる点だ。総利用額1万円以上で翌月1%割引き、総利用額が1万円上がるごとに割引が1%上がり、5万円以上では翌月5%割引きとなる。例えば、総額が2万7000円であれば、あと3000円で翌月は3%割引きが受けられることを事前にチェックでき、余分に買い物をしようという購買意欲もわく。さらに、会員に特化した割引製品を用意し、メールで情報を知らせてくれる。このようなICカードを利用した会員向けサービスの導入で、顧客のロイヤルティー向上を図っている。
アサノがEdyを活用した顧客管理システムを導入する背景には、小売業間の競争激化がある。とくに地方の小売業者は、地域の人口減少や大規模店舗との競争で、苦境にさらされる店舗が多い。こんな中、アサノの目的は、優良顧客である平日のリピーター層の囲い込みであった。今ではEdyでの支払いは、売り上げの5割を超える店舗も出ており、来客数の安定化に大きく貢献している。さらに、利用者層は中高年も多く、通常はカードの利用を敬遠される層からも支持を得ている。ICカードを利用した顧客管理は着実に効果を出しているようだ。
東急グループ、TOP&カードを必須カードに
東京、神奈川の交通機関や小売店を抱える東急グループは、沿線住人のロイヤルティー向上の一環に「TOP&カード」を提供している。グループ内で買い物をしたり、「PASMO(パスモ)」で電車やバスに乗ったりすると、ポイントをまとめて利用できる。さらに、PASMOのID認証機能を活用し、様々なセキュリティー関連サービスを提供している。「キッズセキュリティ」は、一般に児童見守りサービス()と呼ばれるものの一つ。児童関連施設に設置されたカードリーダーにPASMOをタッチすると、あらかじめ登録された保護者の携帯電話などの連絡先に、その施設を子どもが通過したという情報が配信される。
東急グループでは、生活に密着したサービスを1枚のカードで提供することで、沿線住人にメインカードとしてTOP&カードを利用してもらえることを狙っている。とくに富裕層が多い、この沿線の優良顧客を囲い込み、グループが一丸となって拡大するという成長戦略を描いている。
セブンイレブン、全国店舗でnanacoを導入
セブンイレブンを傘下に置くセブン&アイ・ホールディングスは2007年4月、独自の電子マネー「nanaco(ナナコ)」を開始した。利用希望者は会員情報を登録し、買い物の際にnanacoのICカードを利用する。07年に入り、イオングループの「WAON(ワオン)」、首都圏私鉄各社のPASMOなど、大規模な電子マネー事業が次々に開始されている。セブン&アイでは、nanacoの07年末の目標加入数を1000万と、非常に高く設定している。nanaco最大の競争力は、既存インフラを活用し詳細なマーケティングデータを利用できることだ。セブンイレブンでは、商品販売の機会損失を最小限に抑えるため、レジのPOS端末で来客の性別や年齢層を逐一入力して購買動向を把握し、これを製品開発や店頭に陳列する製品の管理に役立てている。電子マネーを軸とした会員向けサービスでは、会員が住まいや属性などの個人情報を登録するため、顧客動向がより細かく把握できる。
セブンイレブンの自社インフラを活用した電子マネー事業には、詳細な情報をマーケティングに役立てる戦略がある。他社の電子マネーを導入せず、自社独自の提供をすることにしたのには、データの取得は、他社と共同では限界があると認識したためである。
ドコモ、クレジット事業へ参入
ICカードを活用して新規ビジネスへの参入を図る企業もある。NTTドコモは、ICカードと携帯電話を融合したクレジットサービス「DCMX」を立ち上げた。ドコモ加入者は、事前登録により、ICチップ内蔵の携帯電話をクレジットカードとして利用できる。料金は、合算請求として携帯電話の月々の利用料金と共に請求される。通信事業者のドコモが金融分野へ参入し、自らクレジットカードの発行母体となる背景は、同社が抱える様々な課題がある。成長市場であった携帯電話事業も飽和化し、新規加入者獲得による新たな収益は見込めない。06年より開始された番号ポータビリティー制導入で、事業者間の料金値下げや顧客囲い込み競争が激化するばかりである。
そこでドコモは、クレジット事業へ参入し、これまで築いた顧客との接点や料金回収の手法を活用、生活インフラともなるサービスの提供で、新たな収益の確保と、顧客ロイヤルティーの向上を図る戦略を描いている。携帯電話事業者が本格的にクレジット事業に参入するのは、国内外を見ても例がない。
普及の課題は?
ICカードは新たなマーケティングツールとして様々な利用方法が登場してきた。しかし、普及には課題も少なくない。まず、電子マネーや支払いサービスの読み取り端末が乱立している点が挙げられる。複数の電子マネーが利用できる店舗では、レジに数台も設置しなければならないケースもある。ユーザーにとっては、使えると思った場所で使えない場合もあり、どの店でどのカードが使えるか分からない不安から、利用を控えるケースもでてくる。
携帯電話は、利便性の高いサービスが可能になるが、その一方で消費者の抵抗も強い。より多くの機能が一つの端末に集約されると、紛失の際の被害が大きいとの懸念が強いためだ。個人情報保護の立場から、情報開示をちゅうちょし、サービスに加入したがらない消費者も少なくない。
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ソニーが開発した非接触型ICカード技術。「felicity:至福」と「Card」の造語で、日常生活を楽しくするというコンセプトで開発された。端末とカードの間は10cmほどでワイヤレスに100~400kbps(キロビット/秒)の双方向通信が可能。
磁気カードと比較してセキュリティー面で優れていること、レジなどの読み取り端末にかざすだけで簡単に支払いができる利便性が特徴。日本やアジア地域で普及が拡大している。