なぜ、好景気は私たちの生活に反映されないのだろうか?
景気拡張は偶然ではない
2007年8月現在の日本の景気は、02年1月を谷とする、バブル経済崩壊後3回目、戦後では通算14循環目の拡張期にある。06年11月には、戦後最長だったいざなぎ景気の57カ月(1965年10月の谷から70年7月の山まで)を超えた()。しかし、今回の景気拡張は、踊り場と呼ばれる景気上昇の中休みのような時期を2回経験しており、これらがもし「短い景気後退」と判断されていたとすれば、もちろんいざなぎ超えはあり得なかった。中休みがあったのは、生産面を代表する鉱工業生産指数などの指標からは明らかである。しかし、公式の景気判断では、景気動向指数という経済・産業にかかわる各種の指標の動きを総合的に判断することから、「踊り場」にとどまったのであった()。
ただし、今回の景気拡張は偶然長くなったのではない。2005年版の「経済財政白書」で分析されたように、今回の景気拡張では、バブル経済の崩壊で生じた過剰設備、過剰雇用、過剰債務の「三つの過剰」が、10余年を経てほぼ解消され、企業体質の強化によって世界での競争力も回復している。
もちろん、企業体質の強化自体が、後で述べるように格差問題を引き起こした元凶でもあるのだが、アメリカや中国など、世界景気の堅調さに引っ張られつつ、緩やかで息の長い拡張を支えているのも事実である。
また、原油価格の上昇を背景に、国内物価の下落に歯止めがかかり、供給超過を示していた需給ギャップの縮小や、デフレの圧力からの回復を根拠に、日本銀行も06年3月には量的緩和政策を、そして同年7月にはゼロ金利政策を解除した。
こうした経済環境が急激に転換点を迎えるとは考えにくく、今回の景気拡張は当分の間、戦後最長記録を更新し続けると見られる。
「いざなぎ超え」の背景
いざなぎ超えの背景を詳しく探ると、今回の景気拡張に至った景気判断の仕組みや、景気動向そのものの過去にない特徴がいくつか指摘できる。以下では三つ挙げる。まず第1は、日本の景気循環のパターンが、かつての「成長循環」から「古典的循環」に移行したことがある。成長循環とは、大きな傾向としては経済成長が続いている中での循環であり、景気後退期とはいえ、経済成長率が減速した過ぎない。これに対して、古典的循環は平均的には定常状態の下での循環であり、成長率がプラスになるだけで拡張期になり得る。
よく指摘されることであるが、いざなぎ景気の57カ月間には、経済成長率は平均で年率10%を超え、実質GDPは約1.7倍に拡大した。しかし、今回の景気拡張では経済成長率は平均2%そこそこであり、同じ月数の間には実質GDPはわずか1.1倍になったに過ぎない。
第2の要因としては、景気拡張の判定は「経済活動が好転したか否か」によるのであって、その絶対水準は問題にならないことである。他方、一般の景気実感は、むしろ経済活動の絶対水準に同調する傾向があり、過去にもしばしば実感を伴わない景気拡張があった。
そもそも、景気拡張、景気拡大、景気回復、景気改善は、日本語としては微妙にニュアンスが異なるが、景気の状態を上昇か下降かの二局面に分割する、内閣府による公式の景気基準日付の上では、すべて同じ局面を指す。例えば、大田弘子経済財政担当相が関係閣僚会議に提出した07年6月の「月例経済報告」では、景気の基調を「生産の一部に弱さがみられるものの回復している」と表現したが、これも拡張期間の更新を意味している。
第3の要因は、今回の景気拡大がデフレ下で起こっていることである。内閣府がデフレの定義を「持続的な物価下落」と宣言したのが01年3月であったが、その時点では、単なるデフレ以上のデフレスパイラルの悪循環が懸念されていた。
今回の景気拡張では、デフレスパイラルの懸念は解消された。しかし、定義通りのデフレの解消には至っていないというのが、いまだに「デフレ脱却宣言」に踏み切れない政府の現状判断になっている。
「格差」と「地方景気」に対策はあるか?
今回の景気拡張は実感を伴わず、さまざまな分野での格差拡大が本物になっている。格差拡大の最大の原因は、終身雇用などの日本的雇用慣行が崩壊したことであり、企業の競争力を高める目的で、なし崩し的に労働市場にしわ寄せが及んだという経緯がある。もちろん、その初期の段階では、国民が構造改革を望んだ側面も否定できず、小泉純一郎政権が総選挙で大勝したのも記憶に新しい。しかしながら、決着は一度限りではない。07年7月の参議院選挙がその通りとなったが、格差是正のための政策発動の是非をめぐっては、今後も選挙の度に争点となるであろうし、右へも左へも揺り戻しがあるのが、むしろ健全な民主主義と言えよう。
景気がいいとの実感がないのは労働者ばかりでなく、中小企業や地方を絡めた景気の跛行性(不均一性)も目立つ。そうした現実に立つと、いざなぎ超えが「日本経済の好調の表れ」として、現状が肯定されてしまうならば、これには今後も中小企業や地方が反発するであろう。
多くの都道府県では、地方の景気動向指数を工夫し、景気判断を下している。中央政府による景気対策の発動は時代の要請から自粛するとしても、地方では、地方の景気判断に基づいた政策発動が望まれる。景気対策の意味での、中央から地方への分権化の流れが、その推進力となるであろう。
需給ギャップ
経済全体の供給力(企業などによるモノやサービスの提供能力)と実際の需要(消費など)との間に、どの程度の差があるのかを示す指標。需要が伸び悩み、供給力が過剰になると、物価下落の要因となる。