なぜ、サブプライムは世界に波及したか
2007年7月に表面化したサブプライム問題の影響を受けて、08年9月にはアメリカの大手証券会社リーマン・ブラザーズが経営破綻に陥るとともに世界的な金融危機が生じ、09年3月現在、実体経済にまで大きな動揺がもたらされている。そもそも、サブプライム住宅ローンはアメリカで相対的に信用力が低いとされる借り手に対して提供されたものであるが、そこで生じた債務不履行などといった事態がなぜ、保険会社や証券会社など銀行以外の金融機関にまで、またアメリカ国内のみならず国外の金融機関や投資家などにまで飛び火する問題、いわゆるサブプライム問題に発展したのだろうか。
世界中にリスクを広げた「証券化」手法
最も根本的な要因と考えられるものを敢えて絞り出すと三つある。第一に、証券化の仕組みである。例えば、サブプライム住宅ローンを提供していたアメリカの銀行が、サブプライム住宅ローンを自らのバランスシートで保有し続けていれば、サブプライム住宅ローンにおける元利払いの延滞などといった債務不履行の直接的な悪影響は、原則的にはアメリカの銀行に留まったはずである。しかし、顧客に提供されたサブプライム住宅ローンの多くは実は、銀行のバランスシートから切り売り、つまりローン債権の流動化やオフバランス化され、証券会社などを介して証券化されて、広く投資家に販売されるに至っていた。すなわち、アメリカのサブプライム住宅ローンの元利支払いを実質的に直接受け取る立場になっていたのは、サブプライム住宅ローンを当初に組んだ銀行ではなく、サブプライム住宅ローンが組み込まれた証券化商品を購入し保有していた世界中の金融機関や機関投資家などになっていたのである。証券化は、住宅ローンなどのローン債権を集めて原資産とし、証券市場で取引できるように小口の証券に作り変えた上で投資家などに販売するという手法であり、銀行にとっては信用リスクを分散できることや、資金制約を回避しながらのローンビジネス拡大が可能になること、投資家にとっても投資対象の多様性が確保できること、などといった重要な役割を担うものである。さらに、証券化は、金融工学と呼ばれる最先端の金融技術に基づく革新的代表的な手法の一つとして、アメリカを中心に1980年代から大きな普及を遂げていた。
自己勘定取引に傾斜したビジネスモデルの変容
第二に、アメリカの大手銀行や大手証券会社のビジネスモデルの変容である。まず、アメリカの大手銀行は、利ざやの獲得を中核とするビジネスモデルから、証券化商品の組成などから生じる手数料収入を中核とするビジネスモデルへと傾斜していた。例えば、大手銀行では、サブプライム住宅ローンとその証券化が拡大した2002年から06年にかけて、銀行のもうけとなる預金利率と貸出利率の利ざやを示す純金利マージンが低下する一方、銀行の資産全体の収益性を示す資産収益率(ROA)はほぼ一定水準を保つことができていた。前者の減少分を主に何で補おうとしていたかと言うと、証券化を前提として住宅ローンを提供・組成することによる手数料収入の拡大などであった。それも、従来の借り手、すなわち、信用力に問題のない借り手へのローンビジネスは成熟化しつつあったので、リスクは高いがより急速にローンビジネスを拡大できるサブプライム住宅ローンの開拓に注力した。他方、アメリカの大手証券会社のビジネスモデルにも変容が生じていた。大手証券会社は、規制緩和や競争激化などを受けて、ブローカレッジ(ブローカー業務、委託売買業務)やアンダーライティング(証券、債券などの引き受け、売り出し業務)、M&Aアドバイス(買収や合併の仲介)、アセットマネジメント(資産の管理・運用)など、顧客の本源的な資金運用・調達ニーズなどに応えていく伝統的な手数料ビジネスにおいて、以前のような収益性が確保できない状況が続いていた。そのため、近年はむしろ、専ら自己勘定で国内外の金融機関や機関投資家などと証券売買を行って利ざやを追求するビジネスモデルに傾斜していた。売買の対象となる商品は、通常の株式や社債に限られず、むしろ金融工学などを駆使して多種多様に開発できる証券化関連商品が多く含まれるようになっていた。しかも、こうした自己勘定の取引は短期借り入れなどを積極的に利用した(いわゆるレバレッジを用いた)資金によって大規模に行われた。例えば、大手証券会社の中にはレバレッジで膨張した総資産が一時、自己資本の20~30倍の規模に至るところさえあった。また、大手証券会社5社だけで、その総資産の合計が07年にはアメリカの国内総生産の3割にも達していたほどである。
不動産上昇神話を妄信
第三に、広く関係者による不動産価格上昇の妄信である。アメリカの不動産価格は1990年代には安定的に推移していたものの、2000年ごろを境に急上昇に転じ、それが5年以上続いた。サブプライム住宅ローンの貸し手も借り手も、その証券化商品の開発関係者も投資家も、このわずか5年間の不動産価格の上昇をもって、それがあたかも永続することを前提としていたと言わざるを得ない。「不動産価格が下落に転じた場合にどうなるか?」がなぜ想定できなかったのかについては、この問いに直接関連する発言ではないが、07年当時のシティグループCEOチャールズ・プリンス氏による「音楽が続いている限り、踊り続けなければならない」という発言が印象的である。以上、証券化、アメリカの大手銀行と大手証券会社のビジネスモデルの変容、不動産価格上昇への妄信が、サブプライム問題を引き起こした要因と考えられるが、次回はサブプライム問題が、どのようなプロセスを経て、本来は無関係だったはずの一般企業の資金繰りにまで悪影響を与えることになったのかについて、考察してみたい。