金高騰が示す通貨の信用下落
第二次世界大戦後、世界経済復興のための国際的金融インフラとして、「IMF・世銀体制」が構築された。そしてドルが国際基軸通貨となる、いわゆる「ブレトンウッズ体制」(1944年)が敷かれ、1オンスの金が35ドルと交換可能とされた。しかし、2011年8月から9月にかけて、金価格はニューヨーク先物で1トロイオンスあたり1800ドルを超える日があり、9月後半に1600ドル台に下落したものの、なお高値が続いている。ここに、私は戦後の国際通貨体制崩壊の象徴を見る。ドルにしろ円にしろ、円は対ドルにおいては1ドル360円から76円まで値上がりしたが、ペーパーマネーが実物(たとえば金)に対し、どれほど著しく価値を喪失したかが分かる。その原因を探るならば「身の丈以上に借金を膨らませ、成長を急いだ政策の破綻」を認めざるを得ない。
失敗した成熟社会型経済への転換
戦後は現在の「先進国」も皆「発展途上国」だった。借金しても成長を急ぐ。成長すれば税収も伸び、借金の負担は相対的に軽くなる。これは正しい政策だった。しかし、この「途上国型経済成長政策」は、いつまでも続けるべきものでも、続くものでもなかった。1960年代前半に始まった日本の高度成長政策、いわゆる所得倍増計画の産みの親であり、池田勇人内閣の参謀でもあった経済学者下村治は、73年に石油危機が訪れると豹変し、突然のように「ゼロ成長論者」になった。高度成長を支える要因が、人口増加の停止、安いエネルギー源の喪失、その他諸々すっかり失われたことを指摘し、「ゼロ成長」を前提とする経済運営への転換(成熟社会に即した経済政策)を彼は説いたのだった。しかし、日本もアメリカも下村の提言には耳を貸さなかった。民間部門が借金を膨らましてはバブルを形成し、バブルが崩壊すると、また過剰債務者に更に借金をさせて金繰りをつけさせる政策で次のバブルを創る、ということを繰り返し、最終的には日米欧皆、国家債務が返済不可能な水準まで来てしまった。もはやIMF(国際通貨基金)が高負債国を救済することも不可能だ。
なぜか。単純に言えばIMFにはもうお金が無い。これ以上各国からの拠出金で、破綻国を救済することが出来ないのである。
ドル復権はあり得ない
2011年8月5日、有力格付け機関のひとつであるS&P社がアメリカ国債の格付けをAAAからAA+に引き下げた。これに伴い政府機関債や国債を多く所有する民間保険会社等の格付けも引き下げられた。基軸通貨をもつアメリカは、もはや最高格付けを維持できなくなった。世界経済の「信用の要」が崩壊し始めたのだ。財政赤字と経常赤字を垂れ流し続けるアメリカに、その「双子の赤字」を本格的に修復する意思が無い以上、ドルの復権はありえない。世界は基軸通貨となるものを失う。アメリカの平均家計所得は2000年に5万2000ドルあったものが、10年は4万9000ドルに低下した。一方、10年の貧困率(年収170万円未満)は15.1%、4600万人に上昇した。過去50年で最高の貧困率である。アメリカの経済を支えてきた中産階級は崩壊しつつあり、もはやこの国の斜陽は否定しがたい。
加えて、世界各国の金利はゼロに近く、金利政策効果を発揮できる環境にはない。財政主導の成長政策は採れない。あえて採ったとしても借金ばかりが膨らみ、効果が出ない。下村が言う「ゼロ成長経済論」に発想の転換をすること無く、戦後復興のための「途上国型経済成長政策」を継承し続けたことがもたらした、悲惨な結末と言えよう。しかし、世界の政治的指導者、また中央銀行も、この誤りにさえいまだ気がつかず、「古い教科書」に固執している。
このままでは大破局は必至
経済の健全性を回復する兆候はいまだ見ることが出来ず、混迷は深まるばかりである。おそらく遠くない将来に、我々はギリシャなどの「国家の債務不履行」に直面し、もはや問題の先送りすら封じられて、破局的な事態を迎えることになろう。言いかえれば「大恐慌」の「二番底」だ。現在の17カ国をメンバーとするユーロは維持不可能となる。「ユーロ崩壊」の混乱は、ドルや円などの他のペーパーマネーの再評価をも招く。なぜなら、維持できない過剰債務を抱えることにおいては日本もアメリカも同様であり、やがては借金の大幅棒引きをせざるを得ず、そのためには通貨価値を下げることが処方せんとして採用されると考えられるからだ。1946年の日本の「新円」への切り替え、96年のブラジルのクルゼイロからレアルへの切り替えなど、こうした処方せんが適用された前例はあまたある。
「戦後体制」は現実にそぐわない
ここで、一つ違った観点からこの問題を眺めてみよう。国際社会においては「戦後体制」がいまだ基幹となっている。国連の安全保障理事会では、第二次世界大戦戦勝5カ国が常任理事国となり、この5カ国が拒否権をもっている。物事は加盟国の多数決では決まらず、大国のエゴに左右される。世界銀行総裁はアメリカ人、IMF総裁はフランス人だ。SDRの通貨別アロケーションを見ても、戦後をひきずり、世界の現状を反映してはいない。このように、国際通貨体制を含む、国際秩序を維持する諸機関は、「脱戦後リセット」をすべき時にとうの昔に到達していたにもかかわらず、実際にはそのリセットは行われず、既得権者がエゴを発揮している。せいぜい進歩したのは先進国首脳会議がG7からG20に拡大されたことだろうが、これも実際には「Gゼロ」と揶揄(やゆ)されるよう、協調の場どころか、国家間のエゴむき出しの場となり、リーダーシップを発揮していない。
なお幅利かす「強欲資本主義」
世界には今、投機の嵐が吹いている。アメリカ連邦準備制度、日本銀行、欧州中央銀行が「量的緩和政策」の名のもとに市場に垂れ流した資金は、民間の「企業家」の手に渡って新しい「投資」需要を呼び起こすどころか、「投機家」の手に渡り、投機家や彼らが設置した高速トレーディング・マシーンが未曾有の投機を行っている。通貨だけでも1日4兆ドルが投機に費やされる。現在、ギリシャ、イタリアなどを攻めているのもこうした投機家である。これらの投機の利益は彼らの懐に入り、一方、損して破綻した場合、その損は投機家に資金を貸し付けた銀行に回され、やがては納税者が負担することになる。こうした「強欲資本主義」の仕組みは、いまだ残ったままで規制は行き届かない。
将来を担う国際通貨制度の姿はいまだまったく見えて来ない。
IMF・世銀体制
IMFと世界銀行は経済協力・開発の枠組みを構築し、国際通貨体制を支える機関として創設された。目的は同じだが、IMFがマクロ経済の課題に注力し、世界銀行は長期的な経済開発と貧困削減に主眼を置く。
貧困率
アメリカでは、子供2人の4人世帯で収入が 年間2万2113ドル以下を貧困世帯と定義している。18歳以下の貧困率は22%と、成人と高齢者と比較して最も高かった。経済協力開発機構(OECD)によると、アメリカの貧困率は先進国で最高水準。
SDR
SDRはIMF特別引き出し権のこと。IMFの加盟国が資金借り入れを行う権利であり、ドル、ユーロ、ポンド、円のバスケットで構成される合成通貨単位。
通貨別アロケーション
SDRの価値を示すもので、ドル、ユーロ、ポンド、円の4通貨で構成されるバスケットで定義される。IMFは、2010年11月15日に国際貿易及び金融における各々の役割をもとに、SDR通貨バスケットの構成通貨としての基準を満たす4通貨の構成比を見直す決定を行い、11年1月1日に発効した。新たな構成比は、米ドル41.9%(05年の見直しでは44%)、ユーロ37.4%(同34%)、ポンド11.3%(同11%)、日本円9.4%(同11%)となった。このようにSDRの構成通貨はG20などを反映したものではない。