(2)アトランタ合意の欺瞞(ぎまん)とスピーディな各国署名
ハワイ会議が流産したため、日本政府だけでなく、大統領選挙を目前に控えたアメリカにも交渉を先送りする余裕がなくなってきた。言うなれば、両国とも時間切れで持ち込んだのが、15年10月のアトランタ合意である。
会議はハワイ会議からわずか3カ月後の10月にアトランタで開かれ、TPP合意が成立したと宣言された。しかし、その内容は要するに、問題個所をすべて先送りし、深刻な対立点を曖昧に残した協定文書であった。問題となった生物製剤新薬パテント期間も、アメリカ業界・議会の要求する12年ではなく、5年あるいは8年とされ、アメリカ議会では激しい反発を生み出した。
それでも、内容的には参加各国の主張に歩み寄り、一部を取り入れ、問題点をすべて先送りした協定案は、参加国内の激しい反発もなく、むしろ、これ以上問題を蒸し返されたくない各国の事情もあって、16年2月、ついに署名にいたったのである。
TPPで自滅する日本型産業社会 (3)(前編)へ続く。(10月14日リリース予定)