持続可能な地球社会のために必要とされるグローバル・タックス
ここまでに、深刻化する地球規模課題、増大する巨額の資金不足、そしてこのような状況にもかかわらず、効果的に対処できていないウエストファリア体制(主権国家を基本とした内政不干渉原則)の限界、という三つの現実を見てきた。
これらの考察からますます明白になってきたことは、だからこそウエストファリア体制の中で考案されてきた構想や政策を超え、革新的な構想や政策を打ち出す重要性である。
その主要なものの一つが、「グローバル・タックス」である。グローバル・タックスとは、大きく捉えれば、グローバル化した地球社会を一つの「国」とみなし、地球規模で税制を敷く政策である。
これには3本の柱がある。まずはタックス・ヘイブン対策で、金融情報、口座情報の透明化と、各国税務当局による情報の共有化が鍵になる。次に、金融取引税、地球炭素税、タックス・ヘイブン税など実際に税を実施することであり、最後に、課税を行い、税収を管理し、税収を地球公共財のために公正に使用するための、透明で民主的で、説明責任を果たすことのできる統治の仕組みを創ることである。
これが実現すると、まずは巨額の税収が得られる。あらゆるグローバル・タックスが実現すれば、理論上最大で年間300兆円近い税収が得られる。つまり、本稿の前編で述べてきた地球規模課題の解決や持続可能な開発目標(SDGs)達成のための財源がこれで満たされるのである。
次に、負の活動も抑制される。金融取引税が導入されると、取引をすればするほど儲けが少なくなるので、1秒間に1000回以上の取引を行うような投機的取引が減少して、金融市場が安定する。地球炭素税によって電気を使えば使うほど、ガソリンを使えば使うほど、化石燃料を使えば使うほど、税金を多く払わなければならなくなれば、化石燃料の使用が抑えられ、二酸化炭素の排出が削減される。そして、税収を再生可能エネルギーの開発、普及に向ければ、パリ協定の実現に大きく踏み出すことができる。
そして、グローバル・タックスによって、現在の地球社会の運営(グローバル・ガヴァナンス)はより透明で、民主的で、説明責任を果たせるものとなる。象徴的に言うならば、現在の少数の金持ち、強者、強国による「1%のガヴァナンス」から、「99%のガヴァナンス」に変えることもできる。
なぜなら、現在の加盟国の拠出金で成り立つ国際機関と異なり、グローバル・タックスを財源とする国際機関は、桁違いに多数で、多様な納税者からの税を財源とするからである。税を取るからには、説明責任を果たさないといけない。そのためには、お金の流れや意思決定の過程を透明にするだけでなく、税収の使途などを民主的に決定するために、意思決定のプロセスに多様なステークホルダー(利害関係者)に直接かかわってもらう必要がある。さらに、加盟国からの拠出金に依存しなくてよくなるということは、国益のくびきから解放されて、純粋に地球益のために活動できることを意味する。
すなわち、金融取引税機関、地球炭素税機関、武器取引税機関など、グローバル・タックスを財源とする国際機関が多数誕生することで、現在の「1%のガヴァナンス」を変える可能性が生まれるのである。そして、この議論は「世界政府論」へとつながっていく。
グローバル・タックスは実現可能か?
紙幅の都合上、世界政府論は他稿に譲ることとして、グローバル・タックスは実現できるのかというテーマを検討しよう。しかし、この問いは実は正確ではない。なぜなら、すでにグローバル・タックスの萌芽的なものは実現しているからである。
まず、航空券に課税し、その税収をHIV/AIDS、マラリア、結核対策を進めている国際医薬品購入ファシリティ(UNITAID:ユニットエイド)の財源にする「航空券連帯税」がある。フランスや韓国、チリ、アフリカ諸国など十数カ国が参加している。
たとえば、フランスの場合、同国を飛び立つ飛行機の乗客に、ファースト・ビジネスクラスに対しては5000円、エコノミークラスの場合は500円ほどの税をかけ、その税収をUNITAIDの財源にしている。
UNITAIDは、連帯税という安定した規模の大きい財源を活用して製薬会社と交渉し、大量・定量購入かつ長期契約を行うことで、HIV/AIDS、マラリア、結核の薬価を劇的に下げ、これまで貧しくて治療を受けることができなかった途上国の人々が治療を受けることを可能にしている。たとえば、2014年の時点でエイズの子どもたちのうちの7割が、UNITAIDのサポートを得て、治療を受けている。