「エネルギー基本計画」とは、原子力・気候変動・核燃料などエネルギー関連政策の中長期的な方向性を示す土台となるもので、少なくとも3年ごとに検討を加えることになっている。2003年に第1次計画、2007年に第2次計画、2010年に第3次計画、2011年の東日本大震災を経て2014年に第4次計画が策定され、今回の第5次計画となった。
2017年8月9日より見直し議論が始まった「第5次エネルギー基本計画」が今年(2018年)7月3日に閣議決定された。
基本的に、従来の原子力発電延命・石炭火力発電推進の路線をそのまま踏襲した。2015年の長期エネルギー需給見通しにおける2030年度の電源比率の目標を維持。すなわち、2030年度に原発の電源比率20~22%(現在は数%)、主力電源を目指すとした再生可能エネルギーについても目標は22~24%にとどまった。「プルトニウム保有量の削減に取り組む」としつつ、再処理・核燃料サイクルは維持。原発輸出は成長戦略として推進する。原発新設については明記こそしていないが、否定もしていない。
多くの市民団体が繰り返し要請したのにもかかわらず、公聴会などは開かず、パブリックコメントについても実質的な検討を行わず、締め切りから 2 週間あまりで閣議決定してしまった。
第5次基本計画は106ページにも及ぶ文書で、ある意味、高度な「霞が関文学」の結晶である。しかし、内容的には、ファクトを捻じ曲げ、本来議論しなければならない「不都合な真実」から目を背けたものだ。結果的に、現実からも民意からも乖離したものとなっている。このままでは、世界の趨勢から取り残されることにもなるだろう。
ファクトを捻じ曲げた五つの問題点
例を挙げて見てみよう。
原子力について「第5次基本計画」は、「数年にわたって国内保有燃料だけで生産が維持できる低炭素の準国産エネルギー源として、優れた安定供給性と効率性を有しており、運転コストが低廉で変動も少なく、運転時には温室効果ガスの排出もないことから、安全性の確保を大前提に、長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源である」(下線は筆者)とされている。しかし、ここにはファクトの捻じ曲げがいくつも潜んでいる。
(1)原発は「準国産」と言えるのか?
経済産業省は、以前から、燃料となるウランを全量輸入しているのにもかかわらず、原子力を「準国産エネルギー」と位置付け、再生可能エネルギーと同様にエネルギー自給率にカウントしている。
理由としては、エネルギー密度が高く備蓄が容易であること、核燃料サイクルにより使用済み燃料を「再利用」する方針であることに拠っているが、さすがに核燃料サイクルの破綻(はたん)が誰の目からも明らかになってきてからは、後者については言うことを避けているようだ。しかし、燃料を全量輸入しているものを「自給率」にカウントすることは詭弁も甚だしい。
海外資源の依存度を下げるべきという文脈で、第1章第1節1「資源の海外依存による脆弱性」で、「東日本大震災前の2010年の原子力を含むエネルギー自給率は20%程度まで改善されたが、東日本大震災後、原子力発電所の停止等により状況は悪化し、2016年のエネルギー自給率は8%程度に留まっている」と、あたかも原発を停止したから、海外への資源依存が高まったかのような記述は、ファクトの捻じ曲げによる印象操作と言わざるをえない。
(2)事故・トラブル続き、大規模集中型の原発は「安定供給」か?
以前から、原発は事故・トラブル続きであった。1992~2010年までのトラブル報告件数は、年間12~32件に上る(年平均約21件)。トラブルがあれば、発電を停止し、点検する。トラブルの内容によっては、他原発にも波及する。
東京電力福島第一原子力発電所事故のあと、全国の原発は相次いで停止。2012年以降、原発による電力供給はほぼゼロの状況が続いた。新規制基準に基づき、適合性審査が行われているが、たとえこれに合格したとしても、今後、福島第一原発事故の原因究明の進展や、新たな科学的知見、新たなトラブルなどにより、いつ何時、再審査ということにもなりかねない。
さらに原発には訴訟リスクもついてまわる。福島第一原発事故後には全国で運転差し止め訴訟が提起され、2014年には、関西電力大飯原発3、4号機(福井県)の運転差し止めを求めた住民の訴えが福井地裁で認められた(二審では覆った)。また、2017年12月に、広島高裁が四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の運転差し止めを認めたことは、高裁レベルで初の住民勝訴として注目された。
原発は1基あたりの供給量が大きく大規模集中型電源の典型だ。だからこそ事故・トラブルなどによる停止が電力需給に与える影響は小さくない。むしろ小規模分散型の複数の電源のほうが、安定供給性に優れているのではないか。
(3)原発の発電コストは「低廉」なのか?
第5次基本計画では原発の「発電(運転)コストが低廉」という言い方をしているが、コストを論ずるのであれば、建設コスト、廃炉・使用済み燃料処分コストを含めたトータルな発電コストを問題にすべきであろう。運転コストのみを問題にして、原発のコストが低廉というのは、印象操作にほかならない。
政府は2015年の試算をもとに、原発の発電コストを10.1円~(/kWh=1キロワット時あたり)とし、原発のコストを低廉としている。その際用いた原発の建設費は4400億円。しかし、最近の実績を見ると建設費は1兆円以上になっている。また、福島第一原発事故の廃炉・賠償・除染費用も21.5兆円にはね上がっており、さらに上振れすると見られている。
龍谷大学の大島堅一教授(環境経済学)の試算では、建設コストの増大なども算入すれば、原発発電コストは17.6円以上となり、太陽光電力の入札価格の17.2円(2017年度、大規模設備対象)を上回る(「原発、コスト増でも推進 1基4400億円試算 実情1兆円超」東京新聞、2018年5月17日)。
ちなみに、日立製作所が原発輸出計画を進めるイギリスでは、先行して建設されているヒンクリー・ポイントC原発からの電力の買い取り価格はメガワット時あたり92.50ポンド(約1万3100円)とされた。これは電力の市場価格の2倍に相当する。イギリスでは再生可能エネルギーからの電力買い取り価格は低下しており、たとえば2021~22年に操業開始を予定している洋上風力発電所はメガワット時あたり74.75ポンド(約1万600円)(「英洋上風力発電、原発よりも電気料金が安価に」AFP BB NEWS、2017年10月6日)だ。割高な原発に関しては、イギリス国内でも批判の声が大きい。
いずれにしろ、原発のコストを「低廉」とするのは、ファクトの捻じ曲げにほかならない。
(4)規制基準の適合は、安全性を意味しない
原子力について第5次基本計画は、「安全性の確保」を大前提としながら、「原子力規制委員会の専門的な判断に委ね、原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める」と原子力規制委員会に丸投げしている。
しかし、原子力規制委員会の規制基準を、「世界で最も厳しい水準」とするのは根拠がない。既設原発が合格可能なように、後付けの設備を加えられる範囲の改善で妥協している。また、原発敷地境界における事故時の被曝(ひばく)量評価などを従来の立地審査基準を採用せず、弱まった部分もある(「原発の安全基準はどうあるべきか」原子力市民委員会、2017年12月25日)。住民を守る最後の砦たる原子力防災は、対象に含まれていない。
さらに、原子力規制委員会による審査は、「合格することありき」で進められている甘いものだ。老朽化原発も含め、今まで審査した原発はすべて通している。直近では、東京電力柏崎刈羽(かりわ)原発(新潟県)については、東電の経理的基礎、防潮堤の液状化、津波襲来時の1~4号機の浸水、緊急時対策所の免震構造、事故時の高濃度汚染水対策、敷地内の活断層など多くの問題が指摘されたのにもかかわらず、設置変更許可を出している。