その通りです。日本ではこれまで、「温暖化」という問題に対して、「途上国の人々だとか、ホッキョクグマだとか、未来の世代だとかが困るから、対策をやらないといけないね」というイメージが一般的でした。一部のインテリが聞こえのいいことを言ったり、生活に余裕のある層がマイボトルを持ったりするというような、一部の人だけが関心を持つ問題である状況は、1990年代からさほど変わっていません。大人も子どもも、温暖化問題はすでに学校で教えられたりすることで、昔から言われていることだと思っていて新鮮味を感じていないし、知っているつもりになってしまっています。「対策としてこれ以上できることはないんじゃないの」という認識で止まってしまっている。だから、まずは今、世界が置かれている状況がどれほど危険なのか、その危機に対応するためには、何をすべきなのかを根本的に“知り直す”ことが必要です。米国では、今夏のカリフォルニア州での大規模森林火災や、ニューヨークでの大水害に際し、バイデン大統領が「(気候危機に対し)我々は行動を起こさなくてはならない」と、気候危機と災害をはっきりとつなげて対策を呼びかけています。災害が起きても、避難と復興だけをやり、気候変動対策と結び付けない日本とは、認識が大きく異なりますね。
――対策という点では、LED電球への付け替えとか、お風呂等の節水とか、個人レベルの努力も無駄とは言いませんが、エネルギー政策自体を根本的に見直す必要がありますよね。
はい、そう思います。日本が排出する温室効果ガスの排出源を多い順に見ていくと、石炭火力、運輸(主に自動車)、LNG(天然ガス)火力、製鉄産業、化学産業となります。
燃料の燃焼などによる「エネルギー起源」の排出が全体の8割以上を占めています。一般家庭で石炭やLNGを燃やしているわけではないので、電気をつくるための火力発電所からの排出が多いということです。発電の中でも石炭火力が最大の排出源なので、真っ先に石炭火力をやめるという方向性が重要になります。
――日本では、昨年10月に菅政権が「2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」と宣言し、今年10月に政府の新たなエネルギー基本計画(以下、エネ基)が閣議決定されましたが、これはいかがでしょうか?
世界平均気温の上昇を1.5度までに抑え込み、気候危機の破局的な影響を食い止めるためには、2030年までに世界全体の温室効果ガスを半減させなくてはなりません。それを実現するには、先進国は2030年までに50%以上の削減が必要です。
ところが、今回のエネ基では、2030年に日本の温室効果ガス排出を46%削減するという目標にとどまっていて、目標設定が不十分です。さらに真っ先に停止するべき石炭火力が2030年時点でも、電源構成の中で19%も占めることになっており、石炭・LNG・石油などの化石燃料を用いた火力発電の割合は、41%程度とされています。しかも、2019年時点で6%にすぎない原発の割合を2030年では20~22%程度にするとしています。これは、すでに老朽化したものを含めて現在ある原発をすべて再稼働し、それぞれ福島第一原発事故以前を上回る稼働率でフル稼働させるという非現実的な計画なのです。原発でまかなえなかった電力は火力で補うことにもなりかねません。「2030年に46%削減」という目標すら実現できないかもしれません。
同様にエネ基では、太陽光や風力といった再生可能エネルギー(以下、再エネ)は、2030年に36~38%程度とされていますが、その割合はもっと引き上げるべきだと思います。世界的に見ると、再エネは、新規導入のスピードが速い。IRENA(国際再生可能エネルギー機関)の発表によれば、昨年1年間に世界全体で新規導入された再エネは、発電容量で261基の原発分(=261ギガワット)です。導入コストから考えても、再エネは、すでに多くの国々で最も安価なエネルギー源として競争力を持つようになってきているので、日本でももっと活用していくべきでしょう。
――昨年10月に菅政権が温室効果ガス排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を2050年に実現するとの目標を打ち出しましたが、実際は、化石燃料と原発への依存から抜け切れていないのですね。
私が特に問題だと思うのは、エネ基案では、石炭火力やLNG火力関連事業のイノベーションとしての水素やアンモニア利用や、JOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)を通じた石炭・LNG資源開発事業に資金面から支援を行うとしていることですね。
ここ数年、気候危機の観点から、石炭やLNG、石油といった化石燃料関連の事業から資金を引き上げる「ダイベストメント」という動きが世界の金融の中で広がってきています。IEA(国際エネルギー機関)も、世界平均気温の上昇を1.5度以内に抑え込む目標の実現のためには、今後、化石燃料への投資は行うべきではないとしています。日本政府は税金を投入してまで、ビジネスとして成り立たず民間が手を引き始めている化石燃料関連事業を継続しようとしているのです。納税者である私たちは、もっと怒った方がいいのではないでしょうか。
――経済合理性すらない化石燃料依存を日本はやめられない。深刻ですね。
化石燃料からの脱却という世界的な潮流の中で、経営戦略を見直せない日本企業にも問題があります。