安倍晋三首相は、内閣支持率の低下で地を出すのを控えてきたが、小泉純一郎前首相のアドバイスもあって一転、本音で勝負するスタイルに軌道修正しつつある。
国民投票法案の早期成立を指示
安倍首相は政権発足時に「憲法改正」と「教育改革」を2大テーマに掲げた。このうち、憲法改正を行うための手続きを定める国民投票法案については、自由民主党(自民党)案と民主党案が提起されており、投票年齢や国民投票の対象範囲などで違いがある。憲法調査特別委員会の中山太郎委員長ら自民党の憲法関係者は、できるだけ民主党との接点を設けて、できれば与野党修正案の形で円満に通したい方針だった。
これに対し民主党側は、枝野幸男憲法調査会長ら憲法専門家は自民党と協調的だが、小沢一郎代表は、「民主党案に与党が賛成するならいざ知らず、早急に成立させなければならない理由はない」(3月6日、長崎市で)として、今国会での成立に消極的なため、与野党調整はデッドロックに乗り上げた形だった。
従来なら当事者任せになっていただろうが、今回、安倍首相は、「象徴的に憲法記念日までに上げることが大切だ」(3月7日、内閣記者会のインタビュー)と、国民投票法案の早期成立に強い意欲を表明して本音勝負に出た。
このため与党としては、民主党との共同修正を事実上断念。3月23日の自民、公明両党幹事長会談で与党修正案に合意した。といっても民主党とのこれまでの協議を踏まえ、「投票年齢の18歳への引き下げ」など、民主党案も取り入れた内容となっている。
自公両党は、与党修正案を3月27日に国会提出。与党単独で、4月13日に衆議院を通過させた。これにより、憲法施行60周年となる5月3日の憲法記念日までの成立はともかく、今国会での成立は確実になった。
教育改革3法案も積極推進
政権の2大課題のもう一つ「教育改革」については、06年秋の臨時国会で、改正教育基本法を成立させて成果を上げたが、これを踏まえ政府は07年3月30日、学校教育法、地方教育行政法、および教員免許法の3改正案を閣議決定、通常国会に提出した。終身制だった教員免許を、有効期限10年の更新制にすることや、地方の教育委員会に対して、是正要求を行える権限が文部科学相に与えられること、さらに緊急時には是正「指示」ができること、副校長制の導入など学校運営の強化を図る、などの内容だ。
政府与党、文部科学省間でも大きな異論があったものの、安倍政権の最優先案件として、今国会での成立に全力を挙げる方針だ。これに対し、野党は徹底抗戦の構えで、7月の参院選をにらんで、安倍政権の得点とさせないよう、対決姿勢を強めることは確実だ。
イラクと米軍再編関連も強気
安倍首相は、4月26日から訪米して、ブッシュ大統領との首脳会談に臨む。米軍再編推進法案とイラク復興支援特別措置法改正案の早期成立に力を入れるのは、「訪米みやげ」との見方もできる。米軍再編推進法案は、在日米軍基地を新たに受け入れる自治体に対する交付金を、その協力度に応じて上積みすることで、基地再編を推進しようというもの。イラク特措法改正案は、自衛隊をイラクに派遣する根拠となっているイラク特措法の期限を、2年間延長するものだ。
社民党の福島瑞穂党首が米軍再編推進法案について、「地方をひざまずかせて札びらでひっぱたくようなものだ。ひどいと思わないのか」と迫ったとき、安倍首相は一歩も下がらず、「ひどいのは福島さんの言い方だ」と突っぱね、この問題での強気が目立っている。
新人材バンク創設は賭けの要素も
もう一つ、安倍首相が賭けの要素を含む勝負に出ているのが公務員制度改革だ。もともと公務員の天下りが談合や汚職の温床になっている、として批判が高まっている。各省庁が公務員の天下り先をあっせんするのを全面的に禁止し、その代わりとして、公務員の再就職先をあっせんする「新人材バンク」を内閣に創設しようというもの。現行の人材バンクは、利用者が過去たった1人しかおらず機能していない。安倍首相の指示を受けた渡辺喜美行政改革担当相は、「総理の意向」を盾に新人材バンク構想を推し進めているが、慎重論が根強い自民党側との摩擦が生じている。役所側も自分たちの将来が左右されるとあって反発している。
それでも安倍首相は断固、「新人材バンク」導入を推し進める腹だ。新人材バンク導入に反対すれば、「抵抗勢力」とレッテルを張られそうな雲行きでもある。「郵政民営化」反対派を抵抗勢力に見立てた、小泉前首相の成功例にならっている節もある。法案が成立するかは、この問題でも強気に出ている安倍首相にとって試金石の一つだ。
このほか、今国会の後半では、社会保険庁改革法案、雇用ルール見直しの労働関係法案、日本版NSC(国家安全保障会議)関連法案など、与野党対決法案がめじろ押し。国会後半戦は、7月参院選での政治決戦をにらんだ、与野党の綱引きが激化しそうだ。