自民党が地滑り的な敗北
自民党の負けっぷりは過去の大敗記録に並ぶものだ。獲得議席37は、宇野宗佑内閣の1989年参院選での36議席に次ぐもの。98年の橋本龍太郎内閣のときの44議席を大幅に下回った。宇野氏も橋本氏も選挙後に退陣しており、ふつうなら退陣しても不思議でない成績だ。得票数でみても選挙区で1861万票(得票率31%)、比例区で1654 万票(得票率28%)だった。これまでの“4割政党”から“3割政党”に転落した。議席の激減はこうした自民党の集票力の劇的な低下によるものだ。
特に、自民党は選挙戦の勝敗を左右する「1人区決戦」で6勝23敗と惨敗。2人区は民主党と分け合ったものの、3人区で民主党が複数当選を果たす中で、自公勢力は大阪を除いて1議席にとどまった。5人区の東京でも民主2人に対し、自公で2人確保するのがやっとだった(他の1人は野党系無所属)。
今回も選挙戦を左右したのは「政党支持なし」と答える無党派層。共同通信社の出口調査によると、無党派層の51.2%が比例代表で民主党または同党候補に投票したのに対し、自民党または同党候補への投票はわずかに16.7%。この差が民主党の躍進を支えたわけだ。
敗因は5000万件の浮いた年金記録の問題や、赤城徳彦前農林水産相の事務所費問題、久間章生前防衛相の原爆投下「しょうがない」発言など不祥事が相次いだためだ。
確かに民主党には、年金問題を厳しく追及した功績はある。小沢一郎代表が早くから「1人区決戦」に備えて地方行脚に精を出し、農家への戸別所得補償政策を打ち出したのも民主票を押し上げたとみていいが、ほとんどは自民党の “敵失”で得点したと言っていい。
早くから練られた続投シナリオ
今回、与党に求められていたのは、参院議員定数242のうち過半数122の確保。非改選の与党議員が58だから、改選組で64議席の獲得が必要だった。与党にとっての勝敗ラインは、この「64」確保だった。しかし、選挙戦中から自民党の苦戦が伝えられたため、安倍首相は自らの責任ラインを設定することはしなかった。橋本政権のときの学習効果だ。橋本龍太郎首相(当時)は「61議席確保」を勝敗ラインとして設定したため、「44議席」という惨敗結果を受けて即時退陣に至ったから、今回、安倍首相はうまく責任ライン設定を回避した次第だ。
「反省すべきは反省しないといけない。私の国造りはまだスタートしたばかりだ。改革を進めるためには、これからも総理として責任を果たしていく」
安倍首相は開票日の7月29日夜のテレビ番組で、続投の理由をこう語った。これに先立ち、安倍首相はひそかに麻生太郎外務相を首相公邸に招き入れ、続投の意思を伝え、麻生氏から協力を取り付けていた。引き続き公邸を訪れた中川秀直幹事長との会談でも「続投」を確認した。
これだけの大惨敗でありながら、早々と「続投」が決まったのは異例だ。そこには有力な「ポスト安倍」候補がいないことが挙げられる。数少ない有力候補の一人だった麻生外相が、選挙戦中に「こんなことはアルツハイマーの人でも分かる」と失言して墓穴を掘ったことも、安倍首相に付け入るすきを与えた。
それでも29日午後、都内のホテルで集まった中川幹事長と青木幹雄参院議員会長、森喜朗元首相は、いったん「辞任やむなし」の認識で一致していた。中川氏が公邸を訪れたのも、その会談結果を報告するためだったが、安倍首相が退陣論に猛反発したという(読売新聞など各紙報道)。これによって中川幹事長らも「退陣なし」を前提にした政局シナリオに軌道修正したわけだが、自民党の迷走ぶりがうかがえるエピソードだ。
民主党の小沢代表は、体調を崩して開票日には姿を見せなかったが、7月31日の常任幹事会に出席後に、「(参院選結果は)安倍首相への不信任表明だ。国政選挙で過半数を失っても内閣がとどまるのは非常識だ」と批判した。安倍首相と徹底的に対峙していく厳しい姿勢は選挙戦中と変わりない。
内閣改造で巻き返しなるか
参院選での与党大敗の影響はどこまで及ぶだろうか。まず参議院での第一党の地位から脱落したことで、自民党は1955年の保守合同後、独占してきた参院議長のポストを明け渡さざるを得なくなった。議長には元科学技術庁長官の江田五月氏(民主)が、副議長には山東昭子氏(自民)が、8月7日の臨時国会開会日に全会一致で選出された。
参院での法案に対する生殺与奪の権を握る、議運委員長ポストも民主党に渡った。ベテランの西岡武夫元文相が就任した。手ごわい相手となりそうだ。
民主党は会期わずか4日間の臨時国会にもかかわらず、さっそく年金資金流用禁止法案を提出し、与党に揺さぶりをかけた。今後、政治資金規正法改正案や郵政民営化凍結法案などでも、与党に攻勢をかけることになろう。衆院では3分の2以上を占める与党だが、手を焼きそうだ。
安倍首相としては政権の求心力を回復させる手掛かりが、8月27日にも断行する内閣改造と自民党役員人事だ。選挙後に「人心一新せよというのが国民の声だ」との認識を示している。
しかし、通常の組閣や内閣改造では首相の求心力が強まるのが一般的だが、今回そうなるかは未知数だ。
事実、国会開幕日の8月7日の代議士会で、中谷元氏らから「いったん出直すべきだ」との退陣論が噴出した。首脳陣だけで「続投」を決めたつけが回ってきたとも言える。
その意味で内閣改造を行っても、閣僚や党役員を受けてもらえるかという問題がある。さらに赤城前農水相の事務所費問題との関連で、今回起用する閣僚・党3役には、政治資金収支報告に問題がないかの“身体検査”も必要となるが、ここで問題が出れば、政権は発足直後から立ち往生する危険さえある。
安倍首相は8月19日から25日までインドなどを外遊する。同29日から9月1日までドイツのメルケル首相が来日する。その間を縫っての改造となるが、内閣改造そのものが難航すれば、政権が行き詰まるか、弱体内閣が生まれる可能性もある。
いずれにせよ、これまで政局を取り仕切ってきた中川秀直幹事長と青木幹雄参院議員会長が、ともに自民党惨敗の責任を取って辞任するだけに、今後の政局を動かすキーマンが不在となる。そうなると秋の臨時国会を迎えて政権与党が漂流することだってあり得よう。