実力派を配置した鳩山内閣
総選挙を受けた第172特別国会は09年9月16日召集され、民主党の鳩山由紀夫代表が衆参両議院の各本会議で第93代、60人目の首相に指名された。直ちに組閣し、予算の骨格や基本政策を扱う副総理・国家戦略局担当相に論客の菅直人氏、具体的な予算編成を担う財務相にベテランの藤井裕久氏、行政のムダ遣いを削減する行政刷新会議担当相に政策通の仙谷由人氏を起用して政権運営の中枢に据えた。鳩山外交を支える外相に党幹事長だった岡田克也氏、内閣の要である官房長官に首相側近の平野博文氏、消えた年金の問題や後期高齢者医療制度を抱える厚生労働相にミスター年金・長妻昭氏、高速道路無料化や八ツ場ダム建設中止が課題となる国土交通相に前原誠司氏、温室効果ガスの25%削減に取り組む環境相に首相側近の小沢鋭仁氏など、実力派を配置した。
民主党は衆議院では圧倒的多数を占めたものの、参議院では単独過半数を確保していないため、社民党、国民新党との連立が不可欠だとして連立を申し入れた。連立協議は難航したものの、9月9日正式合意に達し、鳩山民主党代表と福島瑞穂社民党党首、亀井静香国民新党代表が署名した。両氏とも入閣し、福島氏を消費者・少子化担当相に、いったん防衛相説もあった亀井氏を最終的に金融・郵政改革担当相に任命した。
「脱官僚政治」で何が変わるのか
民主党は総選挙のマニフェストの5原則の一つに「官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ」の転換を打ち出していたが、鳩山首相は9月16日の指名後の記者会見でも、「脱官僚政治を作り出し、今こそ実践しなければならない」と宣言した。これまでの自民党政治については、(1)「官僚内閣制」と言われるような官僚に政策の立案・決定を依存し過ぎている、(2)「政官業の癒着」が進行し、官僚の天下りと族議員の利権追求が目立つ、などの問題点が指摘されていた。民主党には自民党政権下で起きた5000万件の消えた年金記録の問題、不要な巨大ダムの建設、高速道路の建設など無駄な予算につながっているとの強い問題意識がある。
そこで首相直属の「国家戦略局」(法律整備までは国家戦略室)を設置して、予算の骨格・基本政策の策定を政治家主導で行う。同じく首相直属の「行政刷新会議」で予算・行政の無駄をチェックする。両機関が鳩山政権運営の車の両輪となる。ここで予算編成の骨格が決まれば、予算編成自体は従来通り財務相を中心として財務省が担当することになるが、緊密な連携をとっておかないと二元的な運営になる危険性もはらんでいる。
従来の政策決定システムを覆した
閣議の前日に開かれていた「事務次官会議」は、官僚主導の政策決定の象徴として廃止された。内閣制度が創設された1885年の翌年にできたとされ、廃止は実に123年ぶりのことだ。ただ事務次官会議については多少の誤解もある。同会議では実質協議は行われず、閣議と同様にセレモニー的な要素が強い。実質的な省庁間調整は課長クラスの「合い議」にゆだねられている。しかも省庁縦割り行政の結果、1省庁でも反対すれば意思決定ができないという、一種の拒否権があることが最大の問題だ。大胆な政策を打ち出せず、スピード感もなくなる。そうした政策決定過程を覆すため、象徴的に事務次官会議の廃止に踏み切ったもので、今後は1、2の省庁が反対しても政治判断で踏み切れる点が、従来のやり方と異なる。付随的な問題だが、鳩山内閣は発足直後に事務次官記者会見の禁止を打ち出した。これは取材の自由・行政の情報公開の観点から問題が指摘されたため、大臣が許可する範囲での会見は認める、と軌道修正した。
民主党は、自民党政権が政府と与党を使い分ける二元体制を批判してきた。このため「内閣の下の政策決定に一元化」することを公約している。連立相手の社民党は当初、内閣の外に連立与党協議機関の設置を求めたが、結局、両党首が内閣に入り、閣内に3党首を含む「基本政策閣僚委員会」を設置することで折り合った。
民主党政権にとっては、年末までの100日間のいわゆるハネムーン期間にどこまで政策を具体化できるかが最初の試金石だ。まず麻生前政権時代の2009年度補正予算の一部凍結方針を打ち出し、そのため不要不急な事業の洗い出しに着手した。本予算編成では行政刷新会議が「霞が関埋蔵金」を含めムダ遣いをどこまでたたき出せるか、国家戦略局(室)などが10年度に実施するとした「子ども手当」月額1万3000円、高速道路の一部無料化、高校の実質無償化などの財源をきちんと手当てできるかが、鳩山政権には大きな試練となる。
2010年の参議院選挙が天王山
現時点では民主党は参議院での過半数を持っておらず、法案成立のためには常に社民党・国民新党の協力を仰がなくてはならない。そこで参議院でも過半数を獲得することが民主党の次の戦略目標となる。鳩山氏が民主党代表として選挙後直ちに総選挙で功績のあった小沢一郎代表代行の幹事長起用を決めたのも、2010年夏に予定される参議院選挙が次の自民党との攻防の天王山とみているためだ。自民党が新総裁の下で、国会で民主党を厳しく追及し、選挙で魅力あるマニフェストを掲げて反撃に出てくれば大きな脅威となる。自民党にはまだ強力な地方議員や個人後援会、業界団体という政治的財産があり、こうした支援組織の立て直しに成功すれば侮り難い。いずれにせよ、次の参議院選挙は向こう10年の日本の政界地図を決定する重要な選挙となろう。