1年で首相が交代する現状
誠に残念ながら、世界中でよく知られているとおり、日本の首相は極めて頻繁に交代する。特に、小泉純一郎首相が退陣した2006年以来、ほぼ1年に1人のペースで首相が入れ替わってきた。もともと自由民主党政権時代から、ほぼ2年で交代することが多かった。逆説的ではあるが、自民党政権は永久政権と考えられていたため、政権交代のないままで定期的に首相を交代させる必要があったからである。一種、「暗黙の合意に基づくたらい回し」の面があった。
しかし、1990年代に入って自民党の盤石と思われた体制が崩れ始めると、今度は別の不安定さが出てきた。政権交代というダイナミズムに加えて、日本の統治システムの根底的な問題が連動するようになったからである。この根底的な問題状況を簡潔に表現すれば、「決める仕組み・ルール」と「実行する時間」がない、ということである。
改善すべき統治システム
決める仕組みとルールがない、という問題には、三つの側面がある。一つは、衆参両院がねじれた場合である。むろん、首相の指名や条約の批准などは衆議院の優越事項で、ほぼ問題はない。また、衆議院が議決した法律案を参議院が否決した場合、3分の2による再議決という手段がある。しかし、この再議決の要件を満たすことは難しく、通常はほとんど使えない。さらに厳しいことに、予算の執行を担保するはずの財源法案には衆議院の優越規定がない。そのため、予算は衆議院の単独議決によって成立させることができても、実際の執行が参議院の反対によってブロックされるということになる。政府活動の主要なものは、当然、予算の執行を通じてなされるが、例えば現状で言えば、約半年分の政府活動は参議院によってブロックされる可能性がある。およそ40兆円の赤字国債の発行がなければ年度後半の予算執行は不可能となる。それをクリアするためには、特例公債法という法律を成立させなければならない。菅直人首相の辞任は、実質的にこのハードルを越えられなかったからであり、このまま推移すると、通常国会の会期末、つまり夏前ころには、野田佳彦首相も同じような状況に追い込まれかねない。
つまり、日本の統治システムは、総選挙の結果を受けて、衆議院の多数派とかれらに支えられた首相・内閣が意思決定をするルールでは動いていないのである。国政選挙における1票の価値では1対5までの格差を容認され(つまり極端に農村部が代表されている)、議員数では衆議院の約半数しかいない参議院議員たちが政権の帰趨(きすう)を完全に左右する現行の仕組みに、改善の必要があることは明らかであろう。
政府提出法案の成立が難しい
決める仕組みの欠如のもう一つの側面は、政府が国会内部の立法プロセスにほとんど関与できないことである。日本の国会の大きな特徴は、議事日程を各党会派間の話し合いで決めることを基礎としており、会期が不継続ということとも相まって、日程闘争が繰り返されてきたことである。しかも、野党は国会法や議院規則、さらには慣行に基づいた様々な抵抗手段を持っている。つまり、国会で政府が望む法案を成立させることは、実は、非常に難しい作業なのである。第三の側面は、政権を支えるべき政党に十分なガバナンスが構築されていないことである。ポスト小泉の自民党が派閥システムの崩壊により漂流した一方で、野党モードから脱皮できない民主党にも深刻な問題がある。
他方で、決定した政策を「実行する時間」がないことも深刻である。むろんこの点では、逆に首相が頻繁に交代することも大きな要素であるが、その他にもいくつかの重要なものがある。代表や総裁の任期が首相の任期とは別に設定されており、総選挙だけでもかなり頻繁な上に党内の選挙が加わると、越えるべきハードルは増える。さらに3年に一度の参議院選挙が入ってくる。結局、日本国の首相は、ほとんど毎年のようにサバイバルのための選挙に直面してきたのである。
本来あるべき民主主義の姿とは
結局のところ日本では、「衆議院の多数派-首相-内閣」、つまり統治システムの基軸を構成するはずの機関に、意思決定の実質的な権限も、またそのための時間も与えられていない。この点こそが、ヨーロッパ主要国における標準的な議院内閣制の仕組みとの根本的な相違である。マニフェストを基礎とした衆議院総選挙で国民が政策と政権担当政党・首相を選び、国民の負託を受けた政権政党と首相・内閣は、マニフェストに基づきながら政策を実行する。そのためには数年間という時間の枠が確保されるべきである。そして政権は、実施した政策と判断について国民に十分に説明した上で次の総選挙に臨む。これが本来あるべき民主主義のサイクルである。
むろん、野党やマスメディアには批判をする権利と義務がある。また、建設的な意見をできるだけ取り入れて、政府・与党と野党とが妥協し修正することは重要なことである。さらに、そうした可能性に恵まれない少数派の人々にも、十分な発言の機会を提供する必要は大きい。
しかし、全体としてみれば、選挙を通じた国民の選択が実際の政策選択・政権運営により良く反映されることが最も重要であり、その意味で「決める仕組み」と「実行する時間」をしっかりと確保することがぜひとも必要なのである。その上で、それらの選択をより良くするため、国会の審議が活用され、参議院の意義が発揮され、野党の見識と考え方が反映されるようにすることが望ましい。