しかし、国会で明らかにされた状況証拠から見て、政治による統計への圧力があった疑いは濃厚といわざるをえません。サンプルの部分入れ替え方式の採用は妥当との見方もありますが、「常用労働者」の定義の見直しや、その実施の仕方、「ベンチマーク更新」の際のギャップの遡及改定の中止などは、統計の専門家たちからも疑問を突き付けられています。
政策決定プロセスの面でいえば、「毎月勤労統計の改善に関する検討会」において有識者がいったんまとめた結論が、官邸か、首相秘書官か、統計部長の一存か、いずれにしてもそれらの鶴の一声で、正式なプロセスを経ずして変更させられてしまうなどということは、あってはならないことです。
振り返ってみれば、森友学園の土地取引をめぐる財務省による不当値引きと公文書の改ざん、加計学園獣医学部の国家戦略特区指定をめぐる疑惑、防衛省の南スーダンPKO自衛隊の日報隠し、厚生労働省における裁量労働制に関するデータ捏造とデータ隠し、法務省による外国人技能実習生の失踪動機調査結果の捏造、そして毎月勤労統計不正問題とあわせて再度関心が高まっているGDPのかさ上げ疑惑(国際基準への対応を口実に無関係な項目でGDPを増やして見せた)など、官邸周辺の不祥事を隠し、官邸の意に沿うように、官僚が文書や統計を改ざんする例は、枚挙に遑(いとま)がありません。背景には、官邸による人事権の完全掌握と、本省係長クラスまで目を光らせて官邸に忠誠を誓わせ、時として不正をもさせてしまう人事権の恣意的な運用の問題があります。「官主導から政治主導へ」を掲げた行政機構改革が、誤った方向に進んだ結果であり、修正が必要です。
また、不正調査の背景には、2001年の小泉政権から加速した聖域なき構造改革による予算削減と公務員リストラ問題があることは想像に難くありません。厚生労働省や総務省統計委員会の対策には、こうした視点が欠けています。毎月勤労統計調査の調査票の配布・回収は機関委任事務であり、国が自治体に費用を出しますが、特に大規模な事業所数が多い東京には多額の費用が必要です。そこに事情を無視した予算削減が課せられたことから、担当部署が抽出による調査対象削減という逃げ道を考えたのではないか、それが不正調査の動機だったのではないか、と推察されます。
統計に携わる職員は、総務省や厚労省など各省に約1950人、統計センターを含めて2600人いるそうですが、2004年に比べ、現在では4割に削減されています。同様のことは、調査を支える自治体においても進んでいます。毎月勤労統計調査を含む56ある基幹統計のうち、24で不正・不適切な処理が発覚した背景には、予算も人も減らされ、質の高い統計の維持ができなくなっているという現実があるのだと思います。
今回の事件を契機に、調査の民間委託を進めようとの意見も出ていますが、特定業界の利益誘導的な調査となったり、個人情報の流出・不正利用のおそれがあるのではないでしょうか。昨今の政府が所管する審議会のありようを見れば、利益相反行為の可能性はないとは言い切れません。時の政治権力の意向に左右されず、調査対象の実態を客観的に測定するブレない公的統計の確立をはかる方向が正解であり、そのためにも、今回発覚した政治介入疑惑についての真相究明も重要です。
不正の再発防止と統計の質の向上にかかわっては、公務員リストラの悪影響を踏まえ、統計部門における適正な予算と職員定数の確保、専門家の採用・育成、統計作成プロセスの第三者検証システムの確立、記録の保管方法の見直し、データの利用のしやすさの向上などを進めていくべきです。今回の不正の直接の発見者は、統計委員会でしたが、異常を最初に検知したのは、統計利用者でした。データのアクセスを容易にし、利用しやすくすることは、データの不具合を発見することに効果があると考えます。
国民が高い関心を持ち、政府・与党と野党の間でしっかり議論してもらいたい課題に経済政策があります。ところが、経済情勢認識の基礎となる賃金の動向が検証できない。経済政策の妥当性についての論争で一致させておくべき基礎情報が、統計不正によって確定できない。過去15年の政策判断を誤って導いたおそれもある。これでは、まともな国家とはいえないのではないか。政府・与党、そして行政は、批判に真摯に向き合うべきではないでしょうか。
抽出調査にしてしまうと誤差が大きくなり、母集団の特性を反映できなくなる
飯塚信夫神奈川大学教授は2019年3月14日に行った日本記者クラブでの講演、「統計不正問題の深層~毎月勤労統計問題とは何だったのか」において、「大規模事業所については復元すれば、標本調査でも良いとの意見は間違い」と明言。トヨタ自動車が選ばれるか否かで調査結果はかなり変わるということを考えてみればわかる、と説明されています。
賃金指数
平均賃金の時系列の変化を見やすくするため、毎月勤労統計では、ある年度(基準時)の平均賃金を100とする指数で各年度の賃金水準を示しています。この指数を「賃金指数」といいます。
30~499人の中規模事業所について
30~499人規模の事業所については、2017年までは2~3年ごとに対象事業所を全部入れ替えていました。これを18年、19年は各年に2分の1ずつ入れ替え、20年からは毎年3分の1を入れ替えていく方法にすることが統計委員会で決められていました。
日雇い労働者外し
「日雇い外し問題」は19年2月12日の、衆議院予算委員会で小川淳也議員(立憲民主党会派)が論点として取り上げ、追及しました。4月11日の衆議院総務委員会で同議員の質問に対し、厚生労働省は、常用労働者の定義変更があった事業所群となかった事業所群が併存した17年12月、18年1月のデータを使い一定の仮定を置いたうえで試算を行った結果、現金給与総額の影響について特段の方向性は認められないと答弁しましたが、その試算方法には疑問が上がっています。
「サンプル入れ替え」や「ベンチマーク更新」の際には、必ず「遡及改定」は行われてきた
毎月勤労統計調査のサンプル入れ替えは2~3年ごとに行われてきました。過去30年、11回のサンプル入れ替え時を振り返ると、9回はマイナスのブレ、2回はプラスのブレが発生している。15年1月には-2932円、-1.1%のギャップが生じており、これについて、従来どおり遡及改定の措置が行われ指数の接続がなされていました。