一歩リードするハンナラ党候補
07年12月、韓国では大統領選挙が実施される。韓国は、1960~70年代に著しい経済成長を遂げたが、一方で長期独裁政権の弊害に苦しんだ。民主化運動の高まりを受け、87年に憲法が改正され、大統領の任期は5年1回限りの直接選挙制が導入された。それ以来、現職大統領の任期が1年をきると、次期大統領をめぐる選挙レ-スは過熱する傾向にある。今回も「ポスト盧武鉉(ノ・ムヒョン)」をめぐって、与野党の候補者がしのぎを削っている。これまでの世論調査では、野党ハンナラ党(ハンナラは「大きな国」と「一つの国」をかけた言葉)に所属する2人の有力候補、李明博(イ・ミョンバク)前ソウル市長と朴槿恵(パク・クネ)前党代表の合計支持率が6割を超え、与党「開かれたウリ党」(「ウリ」は「私たち」の意)候補者たちを大きくリ-ドしている。
なかでも、現代財閥の社長を歴任し、市長時代に幹線道路を壊してソウルの真ん中に河川を復活させた李明博の人気は高く、各種世論調査では、40%前後の支持率を集めている。世論調査を見る限り李明博の優勢が続いているが、彼がこのまま順当にハンナラ党の候補者レ-スに勝ち残ると見る人は少ない。同党の大統領候補を選ぶこれまでの予備選挙システムでは、世論調査が20%、一般人で構成された投票が30%、党の代議員票が20%、党員票が30%となっており、有権者の意見は50%しか反映されないからだ。同党で大統領候補になるためには、投票の過半数を占める代議員と党員からも、大きな支持を集めなければならない。
大統領候補をめぐる党内対立の激化を恐れた党代表は、07年5月、有権者の数を20万人から23万人に増やすなど、李明博側の意見を一部取り入れた仲裁案を発表。一時、予備選挙システムの変更に強い抵抗を示していた朴槿恵も、この提案を受け入れた。何故か。朴陣営は、この程度のルール変更なら、党内で強い支持基盤をもつ朴槿恵の優位は動かないと見ているからである。事実、大統領選の敗北で低迷していたハンナラ党を代表として立て直した朴槿恵の手腕には定評があり、党内での人望も厚い。
しかし、朴槿恵にも不安材料はある。韓国社会において「親日」究明が進む中、彼女が日本統治時代に旧日本軍の中尉だった故・朴正熙大統領の長女であることを問題にする人も多く、党内外で「親日派」の出自をもつ候補者では勝てないという意見が根強く見られるからだ。
いずれにせよ、支持率で1位と2位を占める李明博と朴槿恵が手を結べば、野党のハンナラ党から大統領が誕生する可能性が強い。すでに保守陣営では、ハンナラ党の予備選挙で勝利したほうが大統領候補となり、敗れた方は首相になるという「朴・李共同政権論」がささやかれ始めている。
混迷が続くウリ党
一方、与党「開かれたウリ党」は内紛状態が続いている。一時は国会で過半数を占めたウリ党も、盧武鉉政権の不人気に合わせて支持率が低迷。07年に入ってから離党者が続出し、第1党の座をハンナラ党に奪われている。さらに与党系で最も支持を集めていた高建(コ・ゴン)元首相が、07年に入って大統領選に出馬しない考えを示し、ウリ党のプリンスと言われた前議長の鄭東泳(チョン・ドンヨン)も、06年の統一地方選での惨敗が響き人気が低迷するなど、有力候補者を欠く与党は窮地に追い込まれている。ウリ党のままでは勝てないと判断する与党系議員たちの中には、旧与党の民主党との再合流を画策したり、新党を旗揚げし新たな体制で大統領選に臨もうとする動きもあるが、情勢は流動的だ。現時点で野党ハンナラ党の優位は動かないが、これは国民がハンナラ党の政策を支持しているというよりも、経済格差を助長し、太陽政策で北朝鮮の核保有を許し、いたずらに政局を混乱させてきた盧大統領や与党に対する批判意識の裏返しであるといってもよい。実際、韓国民の中には、盧武鉉政権は嫌いだが、対米従属を正当化し、北朝鮮には強攻政策で臨もうというハンナラ党の政治姿勢にも抵抗があるという人が少なくない。
「2030世代」の若者層がカギを握る
こうした無党派層がどう動くのかが、大統領選挙の行方を占うカギとなる。なかでも韓国で、無党派層の多くを占めているのは、2030世代と言われている20代、30代の若者層だ。前回の選挙では、投票1年前まで下馬評にも上らなかった盧武鉉が、インタ-ネット戦術で彼らを味方につけて当選した。したがってハンナラ党が候補を一本化できず、朴槿恵派と李明博派に分裂した場合、与党候補が無党派層を再び味方につけることができれば、勝機は十分にある。1987年の大統領選挙では、野党が54%の得票率を集めたものの一本化に失敗したため、与党の盧泰愚(ノ・テウ)候補が、わずか30%弱の得票率で当選したことがある。与野党が候補者を一本化できるかどうかも、勝敗の分かれ目になるだろう。
こうした変数を視野に入れると、現時点で韓国の大統領選挙の勝者を予想するのは難しい。ただ、はっきり言えることは、韓国の経済活動人口の3分の1を占める2030世代から支持されなければ、当選は難しいということだ。2030世代の今後の動向が注目される。
「親日」究明
韓国人は、植民地時代に日本の支配に協力した人物やグル-プを「親日派」と呼ぶ。「親日派」は、北朝鮮では粛清されたが、韓国では処罰されることなく権力の中枢に居座ってきた。民主化の流れを受け「親日派」への反発が高まる中、2004年3月、盧武鉉政権下で「日帝強占下親日反民族行為真相究明に関する特別法」が可決(日本と関係を考慮し、改正案では「親日」の文字は削除)。同法の目的は、植民地支配期の対日協力行為を究明することにあるが、その範囲をめぐって与野党が対立してきた。