ほころびを見せる「保守連合」
9月半ばに起きた金融危機以降、米大統領選挙は民主党のバラク・オバマ候補が支持率で共和党のジョン・マケイン候補を大きく引き離しつつある。しかし、金融危機が起きる前までは、共和党が同党初の女性副大統領候補にアラスカ州知事サラ・ペイリンを選出したことで、同党の大統領候補ジョン・マケイン上院議員の支持率が急伸したことは忘れてはならない。メディアもほとんどノーマークだったサプライズ人事が功を奏した理由の一つは、ペイリンが筋金入りの保守主義者だった点にある。つまり、穏健派のマケインに今ひとつ煮え切らない保守派を鼓舞したというわけだ。
かつて、1964年の大統領選で同党の大統領候補に選出されたバリー・ゴールドウォーター上院議員は、「共和党と民主党の間には違いがほとんどない」と批判し、共和党の独自色を打ち出すことに腐心した。その後、共和党はリチャード・ニクソン、ロナルド・レーガン両大統領の時代を通じて「保守政党」としてのアイデンティティーを確立してゆく。とりわけ「小さな政府」や減税を重視する経済保守、「強いアメリカ」を志向する安保保守、人工妊娠中絶や銃規制への反対など「伝統的価値」を重んじる社会保守といった保守諸派と穏健派を束ねることに成功したレーガンの功績は大きい。
その「保守連合」を継承したのがジョージ・W・ブッシュ大統領だった。しかし、イラク戦争の長期化、景気後退への懸念、(実態としての)政府の肥大化、相次ぐ不祥事や不手際などにより、2006年の中間選挙で共和党は大敗、支持率とともにブッシュの求心力も落ち込み、「保守連合」もほころびを見せ始めた。
マケインは筋金入りの安保保守ではあるが、国内問題ではむしろ穏健派に属する。ブッシュの減税法案には2度反対、ES(胚性幹)細胞研究には賛成、同性婚や人工妊娠中絶の「禁止」には反対、不法移民には寛容で宗教右派の指導者を「不寛容の手先」と批判するなど、およそ保守派の神経を逆なでする立場をとってきた。外交・安保面での経験こそ皆無に等しいペイリンだが、マケインの穴を埋めるうえでは、若くて、庶民的で、女性であるという点も含めて、極めて戦略性に富んだ人事登用だった。
アメリカ「保守化」の起源は60年代に
文化的に見ると、保守勢力が台頭した背景には、1960年代以降の世俗化――とりわけカウンター・カルチャー(対抗文化)運動――に対するカウンターとしての側面が強い。公立学校での祈祷(きとう)を禁じた61年の最高裁判決、人工妊娠中絶を容認した73年の最高裁判決など、リベラル勢力による「伝統的」な世界観への包囲網に対する巻き返しといっても良いだろう。両勢力が政治性と党派性を強めてゆく状況をバージニア大学社会学部教授ジェームズ・ハンターが「文化戦争(culture wars)」と称したのは91年のことである。近年では、人工妊娠中絶やアファーマティブ・アクション(マイノリティーへの積極的差別是正措置)、銃規制、死刑、展覧会や放送番組のプログラムへの規制といった従来型の争点に加え、同性婚、ES細胞研究、知的設計論(インテリジェント・デザイン)、教育バウチャー(利用券)、安楽死なども「文化戦争」の交戦場となっている。これらの問題をめぐる立場が、各種の首長選挙や人事登用の際の「リトマス試験紙」となることも珍しくない。
カンザス州出身の著述家トーマス・フランクは、全米でベストセラーとなった『カンザスは一体どうしてしまったのか?(What’s the Matter with Kansas?)』(2004年、未邦訳)のなかで、1990年代以降、それまで民主党支持が多かった同州の労働者が急速に共和党支持へと転向したことに着目した。彼らはなぜ「金持ち寄り」とされる共和党に票を投じるようになったのか? 同書によると、それは民主党が「中道路線」の名の下に――そして政治資金調達のために――大企業を優先し始めたことで、共和党との差異が不明瞭になったからだという。その結果、人工妊娠中絶や同性婚への反対など、「文化戦争」をあおる共和党に対して防戦を強いられ、皮肉なことに、いつのまにか民主党は「信仰」や「価値」を軽んじるエリート主義の党、共和党は労働者の味方と見られるようになったという。
民主党の大統領候補オバマ上院議員は、2004年の党大会で「リベラルや保守のアメリカではなく、合衆国なのです」と国民の和合を訴え、全米の脚光を浴びた(マケインも「国益優先」を掲げることで、無党派層への浸透を図った)。決して目新しくない和合のレトリックが新鮮に聞こえるほど、現在のアメリカは「文化戦争」に象徴されるイデオロギーや党派の対立が先鋭化し、閉塞感が強まっている。近年の大統領選挙が「二つのアメリカ」を印象づけるものだったことは記憶に新しい。
複雑化するリベラルと保守の構図
もっとも、最近のデータによると、共和党員の3分の1は人工妊娠中絶に賛成し、民主党員の3分の1は反対している。その一方で、民主党員の3分の1はアファーマティブ・アクションに反対し、共和党員の3分の1は銃規制に賛成している。経済的には保守だが、社会的にはリベラルの新富裕層、逆に、経済的にはリベラルだが、社会的には保守の移民労働層など、混合タイプの有権者の存在も目立ち始めている。バージニア州北部のように隣接するワシントン特別区のベッドタウン化が進むにつれ、民主党が優勢になりつつある地域もある。また、近年では、エイズや地球温暖化、人身売買といったグローバルな問題をめぐり、宗教右派とリベラルが連邦予算の拡大を求めて共闘するといった現象も現れている。「二つのアメリカ」論は、共和党と民主党、あるいは保守とリベラルの対立の激化という点では正しい。しかし、あまり固定的にとらえ過ぎることは、複雑かつ変容し続けるアメリカのダイナミズムを読み違えることになりかねないことを肝に銘じておきたい。