そこで、「国を滅ぼしたこの連中が、また、なんで偉そうな顔しているのか?」と言われないためには「敗戦」という現実をできるかぎり希薄化せねばならなかった。言い換えれば「敗戦の責任を抹消」する必要があった。その最高のやり方は、「あれは敗戦ではなかったんだ」ということにしてしまうことです。もっと言えば、あれは「戦争ですらなかった」ということにしてしまえばいい。あの戦争は、言わば、天災のようなものだということにしてしまえば、もう誰にも責任を問えなくなります。
こういう具合に敗戦をごまかしたがゆえに、戦後の社会は、建前上、自由主義と民主主義を奉じながらも、それがきわめて不十分で、歪んだ形に留まることとなった。具体的に言えば、政界、官界、司法といった公的諸領域の民主化が不十分にしかなされなかった。しかも、非常に厄介なのは、にもかかわらず、戦後の日本が経済的には大成功を収めてしまったということです。一回、相当な成功体験がありますから、これを崩そうと思っても、容易に崩れないということになる。このような状況を、私は「永続敗戦」と呼んでいるわけです。
こうして、かつてあの敗北を呼び込んでしまったシステムが、その根本においては、延長されているので、当然、それは新たなる敗北を呼び込むことになる。私はその表れが「3.11」であると、あの原発事故であると考えています。戦争と同じく、日本にあれだけの「厄災」をもたらした原発事故を経験しながら、それでもなお、その「原因」や「責任の所在」を曖昧にしたままで、「従来の仕組み」を維持することを優先し続けている。負けの事実をちゃんと認めてないので、現実にはズルズル、ダラダラと負け続ける、そういう状況があるんじゃないか。それがまさに今日の日本を考えるうえで、最大の問題ではないのか? こういう問題提起をこの本でしたわけであります。
「新たな日米外交」を切り拓くNDの活動は「永続敗戦」脱却への実践的な取り組みだ
ちなみに、私はこの『永続敗戦論』を通じて、今日のこの国の問題の根幹を掴んだという、一種の自負というか、自信があったのですが、それと同時に、この先、こうした認識に基づく現実への働きかけ、社会的な力を持つ「実践」が出てきてくれないと困るな、という思いを持ってきました。そういう中で私は、NDの活動を知ったわけです。それはもう「我が意を得たり」とでも言いましょうか、やはり大事なことというのは、同時多発的にいろんな人が気づくことがあるのですね。私は、この不健全なる永続敗戦状態の弊害が、今や目を背けられない段階にまで達しているということを論じたわけですけれども、まさにそこのところを外交の領域で実践的に変えていこうというのが、このNDの取り組みであり、それこそが、今回、猿田さんのご著書のタイトルにもなっている「新しい日米外交を切り拓く」ということなんだろうと思います。
ちなみに、安倍首相が「戦後レジームからの脱却」と言っていますけれども、これ、言葉は正しいんですね。戦後レジームとは、すなわち冷戦構造に、東西対立に規定されて成立したレジームです。「冷戦構造なんて、何年前に終わったんですか?」という話で、そんなものはとっくの昔に終わっているのに、それに規定された対米従属レジームが、今もなお続いているわけで、そこから脱却するというのは、考えとしては正しい。
ただし、残念ながら、それが安倍さんにできるわけがない。安倍さんは岸信介の孫であるということを大変誇りに思っていて、岸が果たしえなかった改憲を実現したいという、それがライフワークだと思っているようですが、ここまでの私の話で、もう皆さんおわかりのように、岸信介とは、まさに私が言うところの「敗戦の否認」の象徴のような存在であります。安倍さんはその孫ですから、そのエッセンスが凝縮されていると言ってもいい。それこそ「敗戦の否認」という心情が、服を着て歩いているようなものだと、私は思うんですけれども(笑)。
だから、彼は戦後レジームの本質を全然理解できない。理解していないし、理解できないし、理解したくもないのでしょう。こうして、彼のやっていることは、戦後レジームからの脱却と言いながら、事実上は「永続敗戦レジーム」としての戦後レジームを、もうとっくに耐用年数が過ぎているのに、さらにこれを無限持続させようという、きわめて不毛なる努力として表れているわけです。
3.11を皮切りに日本社会の劣化が表面化した以上、もう待ったなしの課題として、そこから脱却せねばならない。今の日本はまさに、そういう状況にあります。そのために、私は『永続敗戦論』によって、理論的見取り図を示したつもりです。
これに対して、今回一冊の本にまとめられ、大変わかりやすい形で提示していただいた猿田さんの著作は、言ってみれば、その実践編です。脱却を実現するためにこんなことができるんだという勇気を、私たちに与えてくれるものではないかと、私は思います。
「永続敗戦レジームからの脱却に向けて(2)」へ続く。