1月20日、ついにバイデン新政権が発足する。新型コロナウイルスの感染拡大から、ロックダウンの混乱、#BLM、Z世代の台頭、そしてトランプ支持者による議事堂占拠……。アメリカは、いったいどこへ向かうのか。混迷を極めたこの1年間を、ニューヨーク在住のドキュメンタリー映画監督佐々木芽生が振り返り、バイデン政権後のアメリカを考える。
連邦議会議事堂占拠の衝撃
「ニュースをチェックして! 首都が大変なことになってる!」2021年1月6日の午後3時過ぎ、いきなり電話をかけてくることなどめったにないアメリカ人の友人から連絡が入った。「この国は、どうなるんだろう……不安で気が変になりそう」
アメリカに長く住んでいると、現実に起きていることなのか、それとも映画のワンシーンなのか、と戸惑うような事件に遭遇することがある。20年前の同時多発テロの時もそうだったし、4年前のトランプの当選、2020年のコロナ感染拡大とロックダウン、#BLM抗議運動。
そして年明け早々に起きた連邦議会議事堂の占拠。
最も安全な場所であるはずの議事堂――アメリカ人が呼ぶところの「民主主義の聖地」――を襲撃するトランプ支持者たちの映像に愕然とした。
首都ワシントンの通りを行進し、議事堂前に集結するトランプ支持者たち。9割以上が白人男性だ。迷彩服、ガスマスク、金属バットで武装する人、議事堂の外壁をよじ登る人。「USA! USA!」という叫び声とともに、議事堂のフェンスは簡単になぎ倒されてしまった。ドアガラスを割り、議員の執務室をひっくり返し、机の上に足を載せてポーズをとる人。角がついた毛皮をかぶり、入れ墨を入れた上半身をさらけ出して、国旗をくくりつけた2メートル近い槍を手にしている男。ロビーでは、星条旗に混じって「トランプ2020」の旗や南北戦争の時の南軍の旗が翻っている。
その後、国民防衛軍が出動し、トランプが動画でメッセージを発信したことで事態は収束した。「みなさんの痛みはわかる。この選挙は盗まれたものだ。でも、今は家に帰るべきだ」。
「選挙は盗まれた」と根拠のない陰謀説を繰り返すトランプと、それを「現実」と信じて首都ワシントンに集結し、議事堂を襲撃した支持者たち。現実と虚構と。その境界線を、トランプが自ら偽情報を乱発して、限りなくあいまいにしてしまった。この4年間で彼が残した最大の負の遺産だ。
2021年のアメリカは、どこへ向かうのか。新型コロナウイルスの感染拡大からバイデン政権誕生にいたる歴史的ともいえる激動の1年を振り返りながら考えたい。
ニューヨークが最初の新型コロナ感染の震源地に
2020年3月1日、アメリカで一人目の新型コロナウイルスによる死者が、そしてニューヨークでは、一人目の感染者が確認されたというニュースが流れた時は、多くの人が、コロナウイルスは対岸の火事だと思って、気に留めていなかった。
しかしすぐに感染者数は目が回るような速さで増え続け、仕事の打ち合わせや会食の約束が次々とキャンセルになりはじめる。
3月18日、タイムズスクエアへ行ってみた。2019年の年末にここで撮影した時は、観光客で身動きもできないほど混雑していたのが嘘のように閑散としている。スパイダーマンやバットマンの着ぐるみを着た役者たちも暇そうだ。声をかけると、興奮して話し始めた。「世界が崩壊しているのがわかるかい? ウイルスのためにどうして経済を犠牲にしなきゃならないんだ?」「コロナなんて怖くないし、パンデミックなんて信じない!」
私も彼らの言葉に大きくうなずいた。当時、多くのニューヨーカーもそう思っていたのではないか。コロナなんて、せいぜいインフルエンザみたいなもの。大げさに騒ぎすぎなんだよ。政府とメディアが煽って、民衆をおどしているだけではないか。
しかし、統計データは違うメッセージを発していた。この日(3/18)1日で、ニューヨーク市で新たに感染した人の数は2975人。わずか2週間あまりで、感染者の合計は1万人近くに達していた。
ロックダウン
3月22日、外出禁止令が出て、ニューヨークはロックダウンされた。通りからは人の姿も車も消えて「眠らない街、ニューヨーク」に突然、静寂が訪れた。
いつもは、ゴミ収集車の音や車のクラクション、人の怒鳴り声で目が覚めるのに、朝聞こえてくるのは鳥のさえずりや子どもたちの声。まるで田舎暮らしをしているような静けさだ。
生活に必要不可欠な病院や食料品店、薬局などを除くすべての小売店、会社、学校、映画館や劇場、美術館などの文化施設が閉鎖された。
普段は一日中ごった返しているグランドセントラル駅からも、人の姿が消えた。仕事、授業、予定されていたイベント、友人や家族との食事も、すべてがパソコンや携帯電話の画面越しになった。
変わり果てたニューヨークの景観。見慣れた世界と当たり前だった日常が、目の前で音を立てて崩れていくような感覚がした。私たちが住む社会や日常のなんともろいことか。