そんなきっかけで、宇宙食の開発にかかわって早5年が過ぎた。その間、米国NASAやロシア宇宙局にまで調査に出かけ、この2007年6月、ようやく宇宙日本食の誕生を迎えることになった。
宇宙食のはじまり
宇宙食と聞くとロマンを感じるのは私だけであろうか。宇宙に最初に飛び立ったのはロシアの宇宙飛行士のガガーリンだが、その飛行は短かったので食事は必要なかった。宇宙で食事がなされるようになったのは、1961年から始まったアメリカ、NASAのマーキュリー計画からである。そのときの宇宙食は、歯磨きのようなチューブ入りで、今でも宇宙食というとこうしたものをイメージする人も多いだろう()()。宇宙食の技術が最も進歩したのは、人類を月に送り込んだアポロ計画である。現在の宇宙食の技術は、ほぼこのときに完成している。このときに開発された凍結乾燥(フリーズドライ)やレトルトといった技術は、今では私たちが普通に利用している食品加工技術となっている。()
宇宙食の条件
宇宙食は当然、宇宙で食べることになるので、多くの条件がある。 まず第一は、宇宙は無重力、正しくは微少低重力だということだ。液体も宙に浮いてしまうので、一度飛び散ったら回収できないことはよく知られている。したがって、液体の場合はチューブから直接飲むことにる。また、力を加えることができないので、肉などの場合、ナイフを使って切ることもできない。第二は、閉鎖空間であるということ。ここで問題になるのは、においである。飛行士の食事時間は作業の都合で各自ばらばらなので、他人の食事のにおいが気になる。一度ついたにおいはなかなか消すことができないのも問題である。
第三は、軽量であること。ごみが出ては処理に困ってしまう。
内容にもいろいろな条件がある。まず、栄養が完璧であること。さらに宇宙空間ならではの身体的障害を改善する効果も求められる。無重力による骨や筋肉の退化を防ぐためには、カルシウムやアミノ酸の強化が必要である。また、宇宙では放射線を浴びるので、放射線障害を低減するミネラルやビタミンも必要になる。その他、無重力空間では、体液が頭部に溜まるので、頭をはっきりさせるスパイスも欠かせない。宇宙食は味が濃いめなのだが、それにはこうした理由があるのだ。最後に、長期間保存できること。現在の宇宙船には冷蔵庫も冷凍庫もないので、常温で1年間の品質保証が求められる。
これらが、すべてクリアされてはじめて本物の宇宙食である。NASAのビジターセンターや日本の宇宙センターの見学者コースで、宇宙食と称するものが販売されているが、あれは本物ではない。本物の宇宙食は、飛行士用にのみ受注生産されるので、余分はないのである。
宇宙食の食べ方
宇宙食は、食べ方にも特徴がある。 前にも書いたが、ナイフは使えないのですべて一口サイズである。レトルト食品は、宇宙船に備わっているプレート式のオーブンで温めて食べる。電子レンジと違って、少し時間がかかるのが難点だ。凍結乾燥食品は水かお湯で復元する。ただ、気圧の関係とやけどをしないように、お湯の最高温度は85℃程度である。普通のインスタントラーメンを戻すには少し温度が低いので、工夫が必要になる。
宇宙日本食の誕生
これまでも日本人の毛利衛さんをはじめ、向井千秋さん、若田光一さん、土井隆雄さん、野口聡一さんと、何人もの飛行士が宇宙に飛び立っている。その際、日本食を持っていき、宇宙で食事を楽しんでいる様子が中継されていた。あの食品は宇宙食ではないのだろうか? 実は、あれらはボーナス食といって、正式の宇宙食ではない。一定の基準さえクリアすれば、何でも持ち込むことができるのだ。正式の宇宙食はこれとは別に、栄養や品質を定めたもので、NASAで認証されたものに限られる。飛行士の健康を保つためには、厳しい基準が必要なのだ。現在、正式な宇宙食は、NASAが認証したものとロシアが認証したものしか存在しない。毛利さんなどは、NASAかロシアが用意したものを食べていた。ところが、今後、日本人飛行士も、国際宇宙ステーション(ISS)に3カ月の長期滞在をする。長期間の滞在になれば当然、故郷の食事が恋しくなるだろう。そこで、日本食が宇宙食の通常メニューに加わることとなったのだ。これを「宇宙日本食」と呼んでいる。その開発は5年計画で進められ、いよいよ2007年6月に第1号の認証が行われる。日本で開発された宇宙日本食は、NASAやロシアと並んで正式なメニューとなる。 日本人だけでなく、世界各国の飛行士がチョイスすることも可能なのだ。早く、宇宙で飛行士が宇宙日本食を楽しんでいる姿を見たいものである。
なお、宇宙日本食には、NASAやロシアの宇宙食とは違った特徴がある。それは次回で説明しよう。