日本で増え続ける感染者
国際連合の機関である合同エイズ計画によれば、エイズ(後天性免疫不全症候群)を引き起こすウイルスであるHIV(human immunodeficiency virus)の感染者の数は、2005年末、全世界で4000万人を超えている。1981年に確認されて以来、爆発的に増加を続けてきたが、さまざまな対策が効果を上げていることもあり、その伸びは落ち着いてきた。しかし、アフリカ大陸のサハラ砂漠より南に位置する国々を中心に猛威を振るっており、東ヨーロッパと中央アジアおよび東アジアでの感染拡大が懸念されている。日本ではどうだろうか? 感染者数だけを見れば、約1万7000人。人口に占める割合は0.015%ほどとなり、世界平均の1.1%と比較すると、例外的に低いことがわかる。しかし、残念なことに、新規感染者数が増加の一途をたどっている。
厚生労働省のエイズ動向委員会の発表によれば、新規のエイズ患者とHIV感染者報告数の合計は2004年に初めて1000件を突破し、一般の人々の注意を喚起したかに見えたが、06年は1358人を記録した。右肩上がりの傾向が出ており、これがどこまで伸びるのか、予想がつかない事態になっている。そのため、エイズ動向委員会では、国民一人一人がHIV/エイズについての理解を深め、積極的な予防とHIV抗体検査の早期受診に努めるよう推奨している。
ウイルスは常に変化する
エイズのワクチンはいまだにめどがついていないが、治療については発症を抑える療法が効力を発揮している。今まで、エイズ=「死の病」といわれていたものが、「死なない病」に変わりつつある。これは称賛に値するすばらしい科学上の成果であるが、一方でこれを都合のよいように解釈する向きはないだろうか? つまり、HIVに感染しても10年近くエイズは発病しない→現時点でさえ延命に役立つ薬が存在する→たとえ感染しても10年先にはもっといい薬ができているだろう→もはや何をやっても怖くない、という風潮である。このような考えでいられると、HIVの思うつぼであり、彼らはますます楽に感染拡大を続けてしまうという結果になる。
最近のもうひとつの危険な兆候は、これらの薬が効かない薬剤耐性HIV-1が広がり始めている、という事実であろう。薬剤耐性ウイルスは本来、薬を使ったヒトの体の中で発生するものであるが、治療を受けたことのない新規感染者にも見つかっている。このようなウイルスが、もともとのウイルスと同様、“広がることができる”ウイルスであることを示している。こうなると、その感染者には、もはや使用できる抗エイズ薬は最初から制限されることになる。手当たり次第に変化(進化)していくウイルスに対しては、本来、我々が持っている「ウイルスと戦う道具」である人間の免疫が働きにくいし、いったん働いてもすぐに効かなくなる。
コンドームが感染を防止する
やはり、基本は感染の防止なのである。エイズの予防には、なんといってもコンドームが最も有効である。アフリカのウガンダやアジアのタイでは、為政者がいち早くコンドームの重要性を認め、エイズ対策に取り入れた。これらの国はエイズの拡大防止に成功し、国際的に高い評価を受けている。エイズ以外にも、梅毒、性器ヘルペス、淋病、クラミジア感染症など、たくさんの制御が難しい性行為感染症があるが、コンドームはこれらの感染症の予防にも非常に有効である。問題なのは、コンドームというとすぐに避妊と結び付ける傾向があることだ。そうなると、ウガンダのような成功は望めなくなるだろう。なぜなら、アフリカでは「避妊」ということを考えている人はほとんどいないからである。そこでは、昔からいろいろな病気で子供が死んでいた。たくさん子供を生むのが当然なのである。一方、これとは異なり、先進国では避妊が当たり前になっているが、その目的には、経口避妊薬(ピル)が非常に有効である。しかし、ピルはエイズを防止するものではない。
開発途上国では「エイズの予防のためにコンドームが有効なこと」を、そして、先進国では「避妊のためにはピルが有効だが、性行為感染症の予防のためにはコンドームを使用すること」を声高に伝えるべきなのだ。開発途上国、先進国を問わず、きちっとした教育が事の成否を左右すると言えよう。