出生率回復の背景
フランスは、先進諸国の中でも数少ない「出生促進型(pronatalist=子どもの出生を促すような)」家族政策を実施している国といわれている。家族政策の中核をなす家族関連手当は、子どもの養育にかかわるあらゆる経済的負担の軽減を目的としている。フランス政府の家族関連施策を紹介するウェブサイトには、基礎的給付である家族手当や、子育てのために仕事を中断、または減らした際に支払われる養育手当、乳幼児に関する追加的な補助、母親が働く際に利用が想定されるベビー・シッターや認定保育ママ(保育ママが自宅で数人の子どもを預かるサービス)などの経費に対する補助、新学期の準備資金のための手当、住宅関連補助など全20種類が紹介され、申請方法、書類などが丁寧に説明されている。最も支給総額が大きい「家族手当」は、2人目以降の子どもが20歳になるまで所得制限なしに支払われ、月の支給額も2人目で119.13ユーロ(158円換算で約1.9万円)、以降は子どもが1人増えるごとに152.63ユーロ(同2.3万円)が加算される(07年8月現在)。 また子どもが生まれて一時的に仕事を中断する人に対しては、2人目以降の子どもが3歳になるまで「養育親手当」が加算される。さらに、個人ではなく家族を課税の単位とする有名なN分N乗方式の所得課税方式では、家族が増えるほど最終的な税負担が少なくなるような配慮がなされ、子どもが3人以上いる家庭については、交通機関やデパート、公共施設、映画館などの利用料金が割引される「大家族カード」が支給されるなど、子沢山を優遇する制度が定着している。
フランスの家族事情
最近よく聞かれる「ワークライフバランス」という言葉を表す際、フランスでは「la conciliation entre la vie familiale et la vie professionnelle(家庭生活と職業の調和)」とすることが多い。「ライフ=生活」が優先され、さらに生活のなかでも「家庭生活」が重視されていることを象徴しているようで興味深い。フランスでは1970年代以降、中絶法の成立や離婚手続きの簡素化など、出生や家族に関連する様々な制度の見直しが実施されてきた。同棲が増え、離婚率、再婚率の上昇が見られる中、一人親世帯や、離婚した者同士によって形成される「複合家族」など、子どもたちを育む「家族」の姿も多様化している。カップルの結びつきの形が多様化する中で、婚姻の外で生まれるいわゆる婚外子の数もここ数十年急増しており、その比率は2005年に産まれた子どもの48.3%を占めるに至っている。こうした多様な家族のあり方を勘案した上で、フランスの家族政策では、すべての子どもが税制や社会保障上の差別的な取り扱いを受けないような配慮がなされている。
晩婚化、晩産化が進む日本の課題
翻って日本の家族政策はどうだろうか。1990年のいわゆる合計特殊出生率の「1.57ショック」以降、政府や自治体では、少子化の詳細な背景分析を行い、提言をまとめてきた。その結果として打ち出された「家族に対する経済的援助」や「ワークライフバランス施策の拡充」などは施策の方向性としては正しいが、実際に家族関連給付として支払われる対策規模は、2003年の対GDP比でみるとフランス(3.0%)の4分の1(0.7%)とまだまだ十分とはいえない。結婚・出産にかかわらず仕事を続けたいと志向する女性が増えている半面、働く女性の子どもを預かる保育所は相変わらず不足しており、パートナーとなる男性も含めた「働き方改革」は遅々として進んでいない。母親の年齢階級別出生率()をみても、20代の出生率をカバーするほどには日本の30代女性は産んでいない。さらには、不妊治療についても、仕事との両立が非常に厳しいとの声が聞かれる。晩産化の進展とともに増えてきた不妊という問題への対応もフランスでは進んでいる。公的医療機関を利用すれば、一回当たり数十万円といわれる体外受精も保険適用となる(回数制限有り)。高齢や健康上の理由から妊娠が難しい女性にとっては心強い支援策となっているようだ。
06年、第一生命経済研究所が日本の不妊当事者を対象に行った調査によれば、体外受精の実施率は年収の高い層で多く、希望や予定がありながら実施していない人は収入が低い層に多いことが示されている。所得制限つきで給付基準も自治体ベースでばらつきがある現行の「特定不妊治療費助成事業」の早急な見直し・拡充が望まれる。
戦後60年間、政権や出生率の動向にかかわらず、一貫して維持され、拡充されてきたフランスの家族政策の根底には、「人口は国力」という国民全体に浸透した揺るぎない信念があるといわれている。日本で同様の合意形成は難しいとしても、多様でアイデア豊かな家族政策やその背景にある哲学から学べることは少なくないはずだ。