お産に関するWHOの提言とは?
出産には何が起こるかわからないのだから、産科医のいないところでお産をして、何かあったらどうするのだ。医療側もそう思っているし、産む側もそう思っている。今子どもを産んでいる人の、おかあさんも、おばあちゃんも、ほとんど産科医のもとでお産をしてきた世代の人たちだし、他のオプションがある、などと考えることもできない。医療側も産む側もそう思っているわけだから、産科医が減ったら、お産をする場所がなくなる。どうしてもそうなってしまう。もう一度繰り返そう。産科医がいないところでお産はできないのか?国連、というところがある。言わずとしれた国際連合(United Nations)である。世界の国々が集まって、世界の安全保障と経済・社会の発展のために協力することを目的として活動している。その国連には専門機関という、それぞれ専門性の高い分野に関して世界の叡智が集まって、研究、実践活動をしているところがあって、保健医療に関してはWHO(World Health Organization)、つまり世界保健機関、というところがその専門機関にあたる。WHOは世界の健康、医療問題に関してさまざまな提言をしてきている。
お産に関しては、WHOは「すべての出産がSkilled Attendantに介助されるべきである」と言っている。「スキルド・アテンダント」。訳しようがないので、スキルド・アテンダント、と書かせてもらう。スキルド・アテンダントとは、妊娠出産に関して十分な訓練をつみ、正常産における産婦と新生児のケアができる人のことである。「たとえば」とWHOの文書では、こう書かれている。「助産師とか、医師とか、看護師とか」・・・。国によって出産を取り扱う職種は若干異なる。発展途上国と呼ばれる国々では、スキルド・アテンダントに介助されたお産は少ない。だから、こういった国の出産をよくするためには、スキルド・アテンダントのトレーニングが必須だ。
スキルド・アテンダントの活躍が鍵
国によって事情は違うだろう。しかし、WHOのこうした提言というのは、先進国、途上国によって異なるわけではない。先進国でも途上国でもスキルド・アテンダントによる出産が推奨されていることにかわりはない。そこには決して「出産は産科医が取り扱うように」とは書いていない。各国で、「正常産を取り扱ってもよい」とされている職種がスキルド・アテンダントなのである。現実に、ヨーロッパの多くの国では、助産師がスキルド・アテンダントとして大活躍している。助産師が正常産を取り扱い、なにか医療の手が必要になったときは速やかに設備の整った病院に搬送して産科医に活躍してもらう、というのは、いわば、「人類の到達した最もよい出産ケアのありかた」であると言えよう。「思い込み」の医療任せの出産をあらためる
出産はもともと自然な体の営みである。助産師は、その体の営みがよく行われるように妊娠期から体を整えていくことを教えてくれるわけである。自分の体を使って、自然な体の営みを正常に行っていっても、何か、突然不慮の事態が起こることはある。そういうときには、医療の手を借りなければならないが、それはよく考えたらお産でなくても他のことでも同じである。体を整えて、自然な体の営みができるように努力することなしに、最初から医療の手に委ねてしまっては、医療側も産む側も大変である。妊婦をとにかく安全に産ませなければならない医療側の責任はあまりにも重い。だからこそ、たくさんの産科医がこんなきつい仕事は続けられない、と言っている。産む側も、最初から医者任せで、産んだ、という実感もなく子どもを抱いたのでは、それからどうしたらいいのかわからなくなってしまう。産科医がいないと、お産はできないのか? WHOはそんなことはない、と言っている。スキルド・アテンダントがいればよいのだ。そして、日本の場合、法律で定められた、正常産を扱うことのできるスキルド・アテンダントは、助産師であり、産科医である(産科医はもちろん正常でない出産も扱う)。正常産であれば、産科医でなくてもよいのである。助産師にがんばってもらえばよいのだ。幸いにも、産科医不足が叫ばれる中、1990年代初めに落ち込んだ助産師の数は、その後、増えつつある。ヨーロッパやニュージーランドでは正常産の多くを助産師が取り扱っている。日本も戦前まではそういう国だった。ヨーロッパと同じように、助産婦が正常産を扱い、産科医は、なにか医療の手が必要なときだけ登場していた。しかし、戦後、この国はアメリカの影響を色濃く受けることになる。そして、アメリカという国には、スキルド・アテンダントとしての助産婦は、はじめから存在しなかった。だから、戦後日本にやってきたアメリカの産科医は、「助産婦主導の正常産」をよく理解できなかったのだ。なぜなら、アメリカには、当時、助産婦はいなかったからである。戦後、日本はひたすらアメリカという助産婦のいない国をお手本にしてきたからこそ、今、「産科医がいないとお産ができない」ということになっていることを、少しだけ思い出してもよいのではないか。
次回は、病院だけではない出産の場として、また、女性が日々、生活の中で体を整えることの大切さを伝える機関としての助産所の役割をみてみる。