製造年月日表示、復活の動き
食品の内容を的確に表示しようというのは、消費者にとって好ましい動きである。なにせ、現在の食品表示は、食品表示評論家まで出るくらい難解だからである。とくに表示のルールが食品衛生法とJAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)にまたがり、担当の省庁も前者は厚生労働省、後者は農林水産省と違うので、行政担当者も自分の省の表示には精通していても、他の省庁の表示には疎いといわれるくらいである。さて、その改正の動きのなかで、食品に製造年月日の表示を義務づけようという動きがある。実は、製造年月日表示は、現在の期限表示に変わる前までは義務であった。果たして、製造年月日表示の復活は消費者のためになるのだろうか。
製造年月日、廃止の背景
そもそも、製造年月日を止めようといいだしたのは、弁当・総菜業者だった。弁当を例に考えてみよう。家庭でも同じだが、弁当がいつできたかといえば弁当にふたをしたときである。ご飯は当日炊いたとしても、おかずは前日の残り物ということが多い。しかし、子供に持たせるときは、「今日のお弁当」といって持たせる。販売されている弁当も同じで、製造年月日は「詰め合わせが終わってふたをしたとき」になる。それぞれの料理がいつできたかは分からない。と同時に、製造年月日を新しく見せるために、詰め合わせを深夜に行うことが横行した。当日の日付を表示できるのは、午前0時以降であるから0時に作業を終わらせるのである。深夜作業の不合理から、製造年月日の廃止が主張されたのだ。製造年月日の不合理性はこんなにある
製造年月日の不合理性は、総菜にもある。製造年月日はその料理の最終工程が終わったときであるから、素材の古さは問わない。いくら古い食材を使っても、最終の調理をしたときが製造年月日になる。魚を例にとってみよう。港に揚がった魚を市場から仕入れて、その日に丸のまま販売すれば、その日が製造年月日である。仕入れた魚を翌日に切り身にして販売すれば、その日が新しい製造年月日である。そして、在庫の切り身を調理して総菜にすれば、また、その日が新しい製造年月日である。総菜を弁当に入れればその日が新しい製造年月日になる()。これで、製造年月日とその食品の鮮度とは関係ないことが分かるだろう。大切なことは、製造年月日ではなく「その商品がどれだけもつか」という消費期限である。さらに、製造年月日が意味を持たないものも多い。生鮮食品に近い加工食品である。例えば、梅干しなどはいったいいつを製造年月日というのか。現在の規定では容器に詰めたときだが、大切なのは熟成が終わった最も品質がよいときであって、いつ容器に詰めたかは意味を持たない。チーズなども熟成が続いているので、どの時点で容器に詰めたかで、製造年月日が決まるのは合理性がない。
また、輸入される加工食品にあっては、製造年月日が分からないものも多い。その国で製造年月日が義務づけられていれば可能だが、そうでなければいつ製造かは分からない。
07年は赤福をはじめ、賞味期限の違反事件が相次いだ。その原因はもちろん、企業の倫理観の欠如であるが、その誘因には、いつが製造年月日であるかを決めかねる場合が多いということもある。前述したように、食品製造では原料を保存しておき、必要に応じて加工するとともに、中間段階でも冷凍保存は日常作業である。販売量に応じて解凍して最終加工して販売する。赤福の場合も、一度店頭に並んだものを回収して再加工したので違反であったが、店頭に並べる前に中間製品としてストックしておき、必要に応じて加工していたら何ら違法でない。事実、赤福でも健康被害を訴えた消費者はいない。製造年月日表示を義務化したとしても、製造年月日が最後の加工のときであれば、途中段階での不正は防ぐことはできない。違反を摘発するのなら、第三者による立ち入り検査しか方法はなさそうである。
消費期限と賞味期限の一本化
ところで、現在、議論されている表示にかかることで、消費期限と賞味期限の一本化があるが、これも十分に議論する必要がある。消費期限は、腐りやすい食品に適用され、製造後5日以内に消費する必要がある食品につけられる。一方、賞味期限は殺菌が行われている食品で、もちは良いが徐々に品質が劣化する食品につけられる。消費期限がつけられるのは弁当や総菜といった殺菌をされていないものが主であるから、消費期限を過ぎると腐敗するおそれがある。したがって、期限は守らなければいけない。これに対して、賞味期限は、お菓子やレトルト食品といった殺菌された食品であるから、期限を過ぎたからといって腐敗することはない。おいしさが落ちるだけである。したがって、期限が過ぎたからといって食べられなくなるわけではない。もし、消費期限と賞味期限を統一すると、消費者にとって、消費期限なのか賞味期限なのかが分からなくなってしまう。すなわち、期限を過ぎたら腐敗してしまうのか、単においしさが劣っただけなのかである。多くの消費者は判断ができないから、期限が過ぎたものは一様に廃棄するだろう。壮大な無駄が発生するおそれがある。
期限表示について、もう少し、消費者への定着を待ってから再び議論しても遅くはないように思う。