生活保護とは何か?
私たちは、基本的には働くことを通して賃金を得、その所得で生活に必要な物資を手に入れて生活している。それがうまくいかない場合に対する備えとして、賃金の一部を貯蓄したり保険に加入したりする。こうした個人の備えを国の制度として強制化したのが、年金保険や医療保険などの社会保険である。社会保険のおかげで、多くの人は、病気になっても、退職しても安心して生活できている。しかし、社会保険ですべての人の生活が守れるわけではない。社会保険などの普遍的な制度は、病気や退職など、よくある一般的な生活困難の原因に対応できる制度であるが、実際に人々を生活困難に陥れる理由は多様である。通常の仕事に就けない人もいるし、所得が低く日々の生活維持がやっとで病気や退職に対する備えまで手が回らない人もいる。そこで、現に生活困難に陥っている人を救済し、人々の生きる権利を保障する最後の安全網(セーフティーネット)が必要となる。これが公的扶助であり、日本では生活保護である。
生活保護の特徴
生活保護には他の社会保障制度にはない特徴がある。年金保険であれば、一定の年齢で退職していれば、これまでの保険料拠出実績などに応じて、定められた年金が支給される。金持ちも貧しい人も、おなじ条件で約束された年金を受け取ることができる。しかし生活保護の場合、貧しくて生活維持が困難であることが支給の条件なので、今現在貧乏でないと受けることはできない。また、貧乏でない人には支払わないようにする必要もある。言い換えると、国が貧乏だと認めた人だけに、不足する金額だけを扶助しなくてはならない。したがって、生活保護のような公的扶助制度を運営するには、政府が事前に最低生活水準を所得額などの形で決めておくことが必要になる。この生活保護の基準は、いわば国が定めた貧困線だということができる。
最低生活の水準
国の貧困線は、結局のところ、一般の人々の生活水準との関係で決められる。過去にもいろいろと理論的な決定方法が工夫されてきたが、理論的に実際の水準を確定することは難しい。現実に、最低生活の水準は、低賃金で生活している人々の生活水準を目安に決められている。とはいえ、賃金は1人の労働者に支払われるのに対して、国の定める貧困水準は世帯単位に決められる。たとえば、生活必需品などは世帯に一つあればよいものも多いから、貧困水準を個人単位で決めると、大勢で一緒に生活している世帯の実際の生活水準が高くなってしまうからである。
日本の生活保護の最低生活費の計算は、1人いくらと決められている第1類と世帯人員で決められる第2類を合算して導かれている。これに子どもの義務教育の費用や障害者のための加算、介護や医療の費用など、通常の生活費でまかなえない費用が追加される()。また、実際の生活費は地域で異なるので、生活保護の最低生活水準も地域によって異なる。最後に、実際にかかる家賃が住宅費として支払われる。住宅費にも地域ごとに上限が定められている。例えば、都市部に住む20歳代の単身者の最低生活費は月8万3700円、夫婦のそれは月12万8610円で、これに家賃の実費(単身5万3700円、夫婦6万9800円などの上限がある)が支払われている。
保護基準と最低賃金の関係
このように、最低生活の内容を生活費で決めることにはさまざまな問題が伴う。特に最低賃金のとの関係が重要である。働いている時の収入が生活保護基準を上回っていないと、働けなくなった時のための備えはできないので、賃金は保護基準を常に上回っていないといけない。言い換えると、生活保護で最低生活を保障するためには、これ以下では雇用も就労もできないという賃金の最低限を定める必要がある。日本の最低賃金の決定方法には、特定産業の基幹的労働者を対象として都道府県ごとに決められる産業別最低賃金と、その対象とならないすべての労働者に適用される都道府県ごとの地域別最低賃金とがあるが、実際の最低賃金は、使用者(雇用主)の支払い能力を前提に決められており、それだけで最低生活が維持できる水準になっていないのが現実である。
たとえば、地域別最低賃金の額は、最も高い東京都で時給739円である。たとえ1日8時間1カ月20日間働けたとしても月給は12万円弱で、上の単身者の保護基準と比べると家賃が払えそうにない。ホームレスやネットカフェ難民の背景がここにある。かつては多人数の世帯が助け合って生きていたので、ワーキングプアの問題はこれほど顕在化しなかった。しかし今は家族にそんな余裕はないので、低賃金はそのまま貧困につながる。最低賃金を計画的に引き上げ、日本の産業の生産性の底上げを図ることは、生活保護にとっても急務となっている。
多様な生活と保護基準額
人々の生き方が多様化した今日では、現金収入で最低生活を保障することには別の難しさがつきまとう。人によって金の使い方は多様で、1人9万円弱の生活費でも、消費の内容は一人ひとり異なる。食費を切りつめてこぎれいな身なりを維持する人もいるし、庭を草花できれいに飾る人、ペットを飼う人もいるかもしれない。しかし他方では、同じ額でもやりくりが困難な人もいる。体が虚弱で家事を思うようにこなせず、それを補うのに費用がかかる人、親戚が遠方にいて旅費がかかる人、生きがいとなっている趣味の活動や酒やたばこや遊興費に若干の金が必要な人もいるかもしれない。したがって、現金で人々の生活を保障するためには、保障する水準で実際にかなりの人が最低生活を維持できるように、ある程度余裕のある水準を設定しなければならない。最低賃金が低いのではなく、保護基準額が賃金に対して高すぎるという意見もあるが、保護基準額をギリギリの額にすると、無駄をなくすために保護を受けている人の生活を厳しく管理したり、反対に基準額では不足する人の個別の事情を詳しく考慮する必要が生じ、そのコストの方が高くなってしまう。現金給付にかわる現物給付の例としては、施設に入居してもらって必要最低限の衣食住を現物で給付する方法がある。自立した生活が維持困難な人にはこの方法がとられるが、一般にこの方法は、現金を支給して自分で生活してもらうより費用がかかる。また、最低生活の保障といっても、生存を維持しさえすればよいわけではなく、その人らしい生き方が尊重されなくてはならないので、現金給付の方がこの点でも優れている。働いている人たちの目から見て、一部の被保護世帯の人たちの金の使い方が、一部、自分より贅沢をしているように見えることがあるのは、貧困救済が現金給付でなされることと関係しているのである。
次回は、この制度をめぐって起きているさまざまな問題について具体的に考えてみよう。