給食のレシピ本が大ヒット
2008年の学校給食法改正に伴い、従来の「十分な栄養摂取」に加え、日本全体や地域の食文化を学び、幼い頃から頭を使って食べることを理解し、実践することなどを目的とする「食育」の重要性がクローズアップされるようになった。そんな中、同年からスタートした、東京都足立区の「おいしい給食推進事業」に注目が集まっている。同区のモデル校4校における調査(10年度)によれば、小学生の97%、中学生の82%が、給食を「楽しい」と感じ、平均残菜(食べ残し)率は小学校で5%、中学校で8.8%という成果をあげている。工夫を重ねたバラエティー豊かなレシピを基に、11年7月には「東京・足立区の給食室」(アース・スター エンターテイメント発行)というレシピ本が出版され、12年7月現在7万7000部を発行するヒットとなった。
足立区「おいしい給食推進事業」事始め
「ベテランの栄養士さんに聞くと、『おいしい給食推進事業』が始まる前から、足立区の給食はおいしいんです」そう言って、区教育委員会学務課おいしい給食担当係長・塚原邦夫は笑う。従来より、足立区の各学校は自校調理方式で天然だし、手作りにこだわり、薄味を心がけてきた。また各校の栄養士らが毎月献立検討会を実施して、工夫したメニューを共有するなど、学校間の連携も密だった。
さらなる向上を目指し、足立区が「おいしい給食」というスローガンを掲げるきっかけとなったのは、07年、近藤やよいの区長就任だ。近藤区長は東京都議会議員時代より、東京都の生ゴミに占める学校給食残菜量に着目。また足立区内のある学校から同じ区内の別の学校に転校した児童が、前の学校では全部食べていた給食を残すようになった、という話を保護者から耳にしたこともあり、子供たちがおいしく、残さず食べる給食の実現を、区長選挙の公約の一つに掲げた。
食に大切なのはコミュニケーション
「おいしい給食推進事業」は、「味」「食材」「献立」「環境」と4つの柱を中心に、作り手への感謝の気持ちをはぐくみ、給食を通して食を学び、身体にとって大切な食べ物を自ら選び食べるようになってもらうことが目的。そのため、郷土料理や行事食など、伝えたい味を大切に、和・洋・中とさまざまな献立に、子供たちに食べてもらえる工夫を凝らしている。もちろん、新鮮で安心安全な食材選びや、衛生管理の徹底、アレルギー対応への配慮などを前提とし、食べる場の雰囲気づくりなども重要なポイントだ。加えて、塚原係長はコミュニケーションの大切さを挙げる。足立区では区立小学校71校、中学校37校の全108校すべてに、各1人ずつ栄養士を配置している。東京都予算では2校に1人のため、半数は区の予算による雇用だ。
「栄養士さんも、子供たちにとっては先生の一人。毎日学校で、『今日の給食は何?』『昨日のサラダ、おいしかった!』『お豆の煮物は、食べるの大変だった』など、子供たちの声を聞くことでその動向もつかめるし、子供側も食事に対して前向きになるようです」
足立区の子供の三大苦手食材は、大豆・小魚・ひじき。だが味が嫌いというよりも、そもそも食べた経験がないからだという。これらを出す際は、材料の組み合わせや調理法を工夫するだけでなく、少しでも食べられた子供たちを褒めてあげることも必要だという。
「学校では野菜を食べるのに、何故ウチでは食べないの?」と首をかしげる保護者から、「その秘訣を教えてほしい」という声もよく上がるという。そこで区のホームページでは、区内小中学校のおすすめ給食を写真入りで丁寧に公開している(http://www.city.adachi.tokyo.jp/kyushoku/k-kyoiku/kyoiku/kyushoku-recipe.html)。
足立区の「故郷の美味」
では、実際に子供たちに人気のメニューは何だろう。メディアでもよく取り上げられて有名になった「えびクリームライス」は、「おいしい給食推進事業」開始前からの人気メニュー。レシピは区内で統一されているわけではなく、各校の栄養士によってアレンジされているので、最後に粉チーズをかける学校もあれば、かけないところもある。「さんまの蒲焼丼」は、甘じょっぱいタレだけでもごはんがイケると評判だ。ちなみに足立区役所の食堂「ピガール」では、ランチタイム限定30食で前出「東京・足立区の給食室」からのメニューを一般に提供している。また足立区では、中学生を対象とした「給食メニューコンクール」を実施。11年度は応募総数1909点の中から20作品が表彰された。この中から数点が、実際に給食として提供される。この他、足立区の主要農産物小松菜による地産地消の食育や、友好自治体である新潟県魚沼市における、中学生の田植えや稲刈り体験、一斉給食、「おいしい給食」や「食育推進事業」の概要等を年一回区民に紹介する「おいしい給食&食育フェスタ」の実施など、さまざまな取り組みが行われている。「超人シェフのスーパー給食」と題し、イタリアン「アルポルト」の片岡護シェフや四川料理「スーツァンレストラン陳」の菰田欣也シェフなど有名シェフらが来校し、オリジナル給食メニューを提供したこともある。
「残菜率は確かに下がりましたが、ゼロではありません」。
だからこそやるべきこと、やれることはまだあると、塚原係長は言う。
「栄養士さんたちの合言葉があるんです。『給食がおいしい学校の子供たちは、みんな元気』だと」
これからも足立区の子供たちは、学校給食を「故郷の美味」として記憶に刻んでいくに違いない。