風疹は侮れない感染症の一つ
風疹はウイルス感染症で、おもに幼児期に罹患(りかん)し、免疫を得る。症状は全身の紅斑(皮膚にできる発疹)や、咽頭痛、せきなどのかぜ症状である。成人女性が感染すると、関節痛を起こすことが多い。ウイルスは体内に入ってから7日ほどで増殖し、唾液に混じって飛沫(ひまつ)感染を起こし始める。さらに7日ほどしてから症状が出る。したがって、症状のある人に仕事や学校を休ませて隔離しても、伝播を止めることはできない。しかも、全く症状が出ない不顕性感染が成人では15%程度に起こり、その場合は誰にも気づかれぬままウイルスをまき散らすこととなる。
風疹ウイルス自体の毒性は弱く、「三日はしか」の別名があるように、ほとんどが数日で軽快する。まれな合併症として、血小板減少性紫斑病が3000分の1、脳炎が6000分の1の頻度で起きる。しかしながら妊娠中に罹患すると、胎児にも感染し、難聴、心奇形、白内障、小頭症、精神発達遅滞などの先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome ; CRS)を起こし、大問題となる。
妊娠3カ月までの感染では、85%の胎児に何らかの異常が生じる。
アメリカでは社会的問題にも
アメリカでは1963~65年に風疹が大流行して1250万人が発病。1万1250件の流産と2100人の新生児死亡、2万人のCRS患者をもたらして社会的問題となった。そのため68年にワクチンが開発され、翌年に当局の製造承認を得ると、主な流行層である幼児への接種を開始した。それでもCRS患者数の減少が思わしくないため、成人への接種も推進し、2004年にようやく根絶した。なお、アメリカで「風疹の免疫がある人」とは、ワクチン接種を受けてその日付などを記載した証明書がある人、もしくは抗体価を測定して免疫が確認された人に限られている。日本でのワクチン接種は1976年に開始され、77年には女子中学生に対する定期接種が始まった。これは、妊娠前の年代の女性に接種することで、CRS発生を抑えようとするものであった。95年からは風疹流行抑制へと目的を変え、1~5歳の男女児が対象となった。しかし対象年齢の変更や、学校での集団接種から個人が医療機関へ行って受ける個別接種へと制度が変わったことにより、未接種者が増えた。
なぜ大流行は防げなかった?
日本では2013年時点で、満34歳以上の男性、満51歳以上の女性は、風疹ワクチンの接種を受けていない。そして男女とも、23~34歳の年齢層はワクチン接種率が低い。それを裏づけるかのごとく、性別では患者の8割を男性が占め、年齢別では男女とも20代と30代が6割を占める。まさに、これから妊娠・出産を控えている世代である。今回の大流行に関していえば、04年に流行した際、アメリカの先例にならい、免疫の無い人に速やかにワクチン接種を行うべきであった。日本国民の85%以上が免疫を有する状態なら集団免疫が得られ、風疹は発生しても流行はしない。できれば予防接種法における臨時接種という方法を用いて、公費負担で接種を行うのが理想的だ。臨時接種には「当該予防接種の対象者は、予防接種を受けるよう努めなくてはならない」との努力義務規定があるからだ。対策しておけば、間違いなく防げたのである。
現状のような個人でワクチン接種を受ける方法では、接種率の向上は難しい。独身男性や、すでに子作りを終えた世代の男性は、ワクチン接種を受ける個人的利益がなく、1万円ほどかかる接種費用もハードルとなるからだ。
しかしながら、厚生労働省はおよび腰だ。13年6月18日、患者数が1万人を超え、12年秋から10人を超えるCRSの子が生まれているにもかかわらず、田村憲久大臣は「特別な対応をとるところまでは来ていない」と、記者会見で答えている。
予防はワクチンと抗体検査で
国が対策をとらないなら、個人防衛として一刻も早くワクチンを打つべきだ。麻疹・風疹混合のMRワクチン、また医療機関によっては麻疹・風疹・おたふくかぜ混合のMMRワクチンを個人輸入して提供しているので、そのいずれかを少なくとも1回、妊娠前の女性では2回接種することが望ましい。1回接種で95%、2回接種では99%の確率で免疫が得られる。接種後に血液検査で抗体価も測定しておけば、より確実である。一般的には、赤血球凝集抑制試験(HI法)という抗体検査で、32倍以上の抗体価を有することが望ましい。HI法での測定ができない場合は酵素免疫測定法(EIA法)で測定するが、使用するキットにより必要となる値が異なるので、詳しい医師に相談するべきである。
抗体価の上昇が不十分な女性は、流行が続く間は妊娠を避けるしか方法がない。
13年8月6日の時点で、週ごとの風疹患者発生数は減少しつつある。ただ、仮に今回の流行が終息に向かっても、CRSの患者数は14年にかけても増加が続く。現在、妊娠中の母親が出産するからだ。そして、このまま免疫のない人が多く残れば、数年後に必ず流行は繰り返す。
今、日本の公衆衛生行政のあり方が問われている。
予防接種法
感染症の発生、まん延を予防するため1948年に制定された法律。対象となる疾病はA類(ジフテリア、百日せき、急性灰白髄炎、麻疹、風疹、日本脳炎、破傷風、結核、Hib感染症、小児の肺炎球菌感染症、ヒトパピローマウイルス感染症)、およびB類(インフルエンザ)に分類されている。