長く苦しむ必要はない?
ストレス・トラウマ性疾患とは、過去に受けた強いストレスやトラウマ(心的外傷)が原因で起きてくる精神疾患群です。世界保健機関(WHO)の国際疾病分類ICD-10ではF4という領域にあたり、外傷後ストレス障害(PTSD)、パニック障害、不安性障害、解離性障害などが含まれます。私は約20年前から、これらの病気の治療について多くを学んできました。その中でわかったのは「トラウマにきちんと焦点をあてて適切な治療を行えば、短期間でも驚くほどよくなる」ということでした。私が院長をつとめる「こころとからだ・光のクリニック」では、通常、初診は30分、保険診療の範囲内で行う再診は15~30分。特殊診療を使う場合は、予約料をいただいて1時間の診療時間をとりますが、あまり長い時間をかけず成果を上げています。例えば性虐待によるPTSDを患っていた中学生男児は、30分の保険診療3回、60分の特殊療法3回の4カ月間計6回の通院で回復しました。外傷後ストレス反応(複雑性)と診断した10代後半の女性も、保険診療5回、約3カ月半の通院で症状がとても軽くなっています。このような治療成果は、ホームページにも「患者様の声」として掲載させていただいています。
しかし以前は、1回の被害で3カ月、複雑なトラウマをもつ患者さんだと、入院させたうえで6カ月~1年ぐらいかかっていた時期もありました。来院されるかなりの人が、長い精神科医療との付き合いの中で、改善がないまま多量のお薬を飲んでおられる状況です。どうしてこのような差が出てしまうのか? 私は一つの理由として、診察や治療方法の違いだと考えています。
私の治療ステップは、まず患者さんの心や身体を診て、治りやすい状態に修正することから始めます。私は心理療法がストレス・トラウマ性疾患の根治療法である、と考えています。薬物療法は症状を和らげるため、心理療法と併用する利点も確かにあると思いますし、臨床試験で薬効にエビデンス(科学的証拠)が出ているものもあります。しかし一方で、副作用が強く出ることや、脳機能に影響を与えて心理療法の効果が上がりにくくなること、依存が生じやすいことから、最低限の使用にとどめています。
その代わり希望される人には、海外では多くの医療や福祉の現場でも利用されている、代替療法の「フラワーエッセンス」をお勧めすることがあります。
花のエネルギーを使って
脳波、心電図が計測できることからもわかるように、人間の身体には、常に微弱な電気が流れています。この電気信号が身体の周囲に、磁場のようなエネルギーの場を作っていることもわかっています。これを「ヒューマンエネルギーフィールド」といい、人間の「見えない身体」といってよいものです。フラワーエッセンスは花のエネルギーを抽出した物質で、ある特定の花の波動は、その人のエネルギーフィールドの健康な流れがブロックされている部分に干渉して心身の回復の手伝いをするのです。私は医師なので、エビデンスを大切にしながら、クリニックに併設されている代替療法のスペースと協働し、混合診療禁止のルールを守ったうえで診療に取り入れています。フラワーエッセンスは、世界中に約1万種類あるそうですが、私が使用するのはまだ300種類程度。患者さんに直観で選んでもらうこともありますが、主に私がカウンセリングで問題を抽出し、ボトルを絞りながら、最終的にはキネシオロジーというアプローチ法を用いて「患者さんの身体に訊いて」選んでもらいます。
キネシオロジーは、私たちの身体にある筋肉が、肉体的、感情的、エネルギー的なストレスに反応して、弱化するという特性を利用したアセスメントの技法です。例えば健常な人の場合、本名や性別など、その人にとっての「本当」を語らせた後だと、力を加えた時に筋肉が強く反応します。反対に「ウソ」を語らせると、筋肉の力は弱まります。患者さんにフラワーエッセンスのボトルを持っていただき、その時の筋肉の力をチェックすることで、その人に合ったフラワーエッセンスを選び出せるのです。
ただ、中にはストレスやトラウマが影響して、このキネシオロジーの反応がまったく逆転している人がいます。これを「心理的逆転」と呼んでいます。「本当」を語らせると力が抜け、「ウソ」を語らせると力が入る。この状態にある人は、極端な話をすれば、右に行こうと思うと左に行ってしまう、頑張ろうとすると途端に力が出なくなる、眠ろうとすると眼が冴えてしまう、食べてはいけないと思うと余計に食べてしまう……と、すべてにおいて努力が実らない結果になってしまいます。うつ、過食、依存症の人たちが身体に悪いことを好んでやってしまうのも、心理的逆転が原因になっていることがあります。
最新の治療法はすごい!
そこで、心理的逆転がある患者さんについては逆転の修正を行い、治療が素直に入っていく身体にします。いろいろな方法がありますが、すぐに効果があるのはタッチフォーヘルスの技法や思考場療法(TFT ; thought field theapy)などです。ストレス・トラウマ性疾患の根本は、身体が3F(Fight・Flight・Freeze――闘争・逃走・フリーズ)のストレス反応から、リラックスした状態に戻れないことで起きます。心理的逆転が治れば、リラクセーション法が施しやすくなりますし、ブレインジムなどの身体運動からもリラックスを得ることができます。このような方法で身体をいい状態にすると、回復のスピードが早くなります。
そうして心理治療には、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)や自我状態療法、その中でも特にホログラフィートーク、その他トラウマに焦点をあてたいくつかの認知療法から選んで行います。これらはいずれも近年、大きく注目され始めた新しい治療法で、今では多くの精神科医や臨床心理士も使い始めました。私の場合は、1997年に静岡県警の犯罪被害者対策アドバイザーをつとめていた関係で、犯罪被害に苦しむ人の診療に習熟するため多くの研究者とつながりを得たことから、こうした治療法にいち早く出合うことができました。EMDRなどは、「目を動かす治療法」と初めて聞いた時はおかしくて、「そんなことってあるの?」などと思ったものですが、その効果の高さを知った時はさらに驚きました。
EMDRは、その人の中にすでにある体験(資源 ; リソース)が、ストレスやトラウマのせいで生かされない状態にあるのを、適応的情報処理を引き起こすことで症状を改善していく素晴らしい技法です。当初、PTSDの治療法と認識されていましたが、パニック障害や不安性障害、ある種の抑うつ、解離性障害、その他の人格的な問題や嗜癖(しへき)などにも応用できます。
「考え方」の歪みがより顕著な場合は、認知処理療法という技法を使うこともあります。自我状態療法は何にでも使えますが、身体症状や特殊な感情、衝動の状態そのものから過去の問題となった記憶にアクセスできる貴重な治療方法です。
子どもの患者さんは、養育者との関係がある程度良好な場合、子どものためのトラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)を使います。子どもはまだ資源となる「体験そのもの」を作っていく時期です。
ブレインジム
26種類の単純な身体動作を用いて、脳と身体のコーディネーションを回復させるエクササイズ。アメリカの教育学者ポール・デニソンが、様々な学習障害を克服し、軽減することを目的として1960年代に開発した。動作はいずれも1~2分程度でできる軽いもので、たとえば片足をやや高く上げ、同時に反対側の手でそのひざを軽くさわる動作を繰り返す「クロスクロール」など、身体の前後・上下・左右の動きをつかさどる筋肉を、頭で意識しながら動かし、集中力を活性化させることで学習効果と能力の向上を図る。
思考場療法(TFT)
鍼(はり)のツボをタッピングすることで、心理的問題の症状を改善させていくセラピー。アメリカの心理学者ロジャー・キャラハンが1970年代の終わりに発見し、発展させてきた。不安、恐怖、依存的衝動、トラウマ、怒り、罪悪感、強迫、パニック、自己破壊的状態、抑うつなどにも幅広く応用できる。目を動かす動作、ハミング、呼吸法などを重ねることもある。手順が簡単なうえ、効果が高く、早くて数分と即効性があり、副作用がないのも利点とされている。
EMDR
適応的情報処理(AIP)というモデルに基づく、統合的な心理療法。トラウマ的な、もしくは苦痛でいやな人生経験が不適応的にコーディングされたり、不完全に処理されているため、経験を適応的に統合する能力に障害が起きている状態に対して、過去と現在に同時に集中しながら行う左右律動的な交互刺激により、健常な情報処理、統合の再開を促す。EMDRでは過去だけでなく、現在の引き金、未来の潜在的挑戦をターゲットにして、トラウマの影響からの回復を促す。持続エクスポージャー療法などとともに、エビデンスの高い治療として認められている。
ホログラフィートーク
セラピストの嶺輝子によって開発された心理療法。軽催眠下のトランスワークや、自我状態療法の一種に位置づけられ、クライエント(療法を受ける人)本人が感情や身体症状の意味を読み取り、解決し、自らを癒すプロセスをセラピストが援助する。クライエントが持つネガティブな感情や身体症状を、問題の様々な原因そして解決法を教えてくれるリソースととらえ、その感情や症状から、問題の起源を探り、解決し、未来における新しいリソースや解決を見いだしていく。
トラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)
持続エクスポージャー療法、認知行動療法を子どもに援用するため、子どもと家族を扱うための様々な有用な概念や技法を組み合わせて考案されたトラウマの治療法。多くの臨床研究が重ねられ、子どものトラウマや悲嘆に関する治療技法の中では最大限のエビデンスを有する。PRACTICEの頭文字で始まる構成要素に基づく治療構造を持ち、最初にP(Psychoeducation ; トラウマに関する心理教育)、次にR (Relaxation ; リラクセーション)……というように、次の段階に進むためのスキル形成と段階的エクスポージャー(子どもの耐えられるレベルを滴定しながら少しずつトラウマとなった出来事について考えたり、語ったり、書いたりする)を車の両輪とし、トラウマナラティブを家族と共有し、現実面での課題を乗り越え、将来の発達を保証していく。
アドラー心理学
オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラーが創始した心理学の体系。個人の心理は、意識・無意識にも影響されるが、社会環境にも多大に影響されるなどとした学説を唱えている。アドラーの思想についてまとめた「嫌われる勇気」(岸見一郎、古賀史健著、ダイヤモンド社刊)のヒットで、日本でも注目されるようになった。
自我状態療法(Ego State Therapy)
ワトキンス夫妻によって開発された心理療法。自我状態とは自己の一部あるいは一側面で、異なる環境に適応する時、成長過程で重要な大人の「取り入れ」が生じる時、トラウマチックな出来事に対処しなくてはいけない時に生じ、生じた状況による情動、衝動、欲動などの人格エネルギーを持っている。ある個体内の自我状態に葛藤があると、個人全体としては機能不全に陥り、様々な症状や問題として出てくる。そのような時には自我状態療法が有効。
予約料
患者数の増加により、予約機能を適正に運営させていくため、2015年10月からは30分の診療にも選定療養費(予約料)が別途かかるようになった。