その他、養育者と子どもの関係に暴力があり、安全が保たれにくい場合、家族のための代替案認知行動療法(AF-CBT)を適用することもあります。
自分を愛し、認めること
近年、このような治療を行う治療者は、少しずつ増えてはいます。しかし一方で、こうした治療を受けられなかったばかりか、担当医から「あなたは治らない」と宣言されたという体験を語る人もいて、私は悲しくなってしまいます。医師はそのような場合「私は治せない」と言うべきだと思います。私にももちろん治せない人はいます。努力をしても治せないと判断したら、それを患者さんに告げ、より専門の医師を探したり、別の技法を使うセラピストに紹介します。今の日本では、紹介能力も含めて、よい精神科医やセラピストにめぐり会えるかどうかが、治る・治らないの大きな分かれ目となってしまっているのです。ただ、ここで強調しておきたいことがあります。話のわかりやすさのために医師が治すという文脈を使いましたが、本来、患者さんは「自分の自己治癒力が発動することで治る」のです。よいセラピストは、患者さんの自己治癒力を促進することができる人です。「治るのは患者さん自身の力」と考える医師のもと、「治すのは自分」という意識を持った人は、より早く回復していきます。
文献的には、女性のほうがストレスやトラウマに弱いとされています。PTSDも男性に比べて約2倍の罹患率です。身辺でネガティブな出来事が起こることも多く、自己評価を高められないでいる女性もたくさんいます。例えばトラウマとなる出来事にあうということは、自分をコントロールできない体験であり、自分の価値を認められなくなる体験でもあります。ストレス・トラウマによる苦しみから抜け出すために大切なのは、自分をコントロールできる、自分に価値を見いだすことなのです。
自分を好きになること、今の自分を許して受け入れること、自分のいい所をいっぱい見てあげるのがいいと思います。自分が好きでない人には、先にあげた心理的逆転が特に起きやすくなります。自分が嫌いだったら、もっと症状は悪くなっていきます。単純ですが「自分を愛し、認めることから回復が始まる」……大切にしたいことです。
家族や知人の中にストレス・トラウマで苦しんでいる人がいたら、接し方としては、そのことで自分が落ち込まないようにすることです。なかなか難しいことですが、大切です。不登校の子どもがいて、それで親が落ち込んでいたら、子どもは親を落ち込ませたことでさらに落ち込み、親はそれを見てもっと落ち込む……というように負のスパイラルに迷い込んでしまいます。アドラー心理学では「課題の分離」と言いますが、子どもが解決すべき課題、自分が解決すべき課題を分け、範囲外のことには手を出さないことも大切です。そのうえで子どもの状態を認めて、そこから始めることです。
まずは規則正しい生活習慣を心がける――決まった時間に一度は起きるとか、日光を浴びるとか。栄養も関係しているので、エネルギーのあるものをしっかり食べるとか。こうした生活習慣も、ストレス・トラウマ性疾患の治療や予防にとても役立ちます。ぜひ実践してみてください。
ブレインジム
26種類の単純な身体動作を用いて、脳と身体のコーディネーションを回復させるエクササイズ。アメリカの教育学者ポール・デニソンが、様々な学習障害を克服し、軽減することを目的として1960年代に開発した。動作はいずれも1~2分程度でできる軽いもので、たとえば片足をやや高く上げ、同時に反対側の手でそのひざを軽くさわる動作を繰り返す「クロスクロール」など、身体の前後・上下・左右の動きをつかさどる筋肉を、頭で意識しながら動かし、集中力を活性化させることで学習効果と能力の向上を図る。
思考場療法(TFT)
鍼(はり)のツボをタッピングすることで、心理的問題の症状を改善させていくセラピー。アメリカの心理学者ロジャー・キャラハンが1970年代の終わりに発見し、発展させてきた。不安、恐怖、依存的衝動、トラウマ、怒り、罪悪感、強迫、パニック、自己破壊的状態、抑うつなどにも幅広く応用できる。目を動かす動作、ハミング、呼吸法などを重ねることもある。手順が簡単なうえ、効果が高く、早くて数分と即効性があり、副作用がないのも利点とされている。
EMDR
適応的情報処理(AIP)というモデルに基づく、統合的な心理療法。トラウマ的な、もしくは苦痛でいやな人生経験が不適応的にコーディングされたり、不完全に処理されているため、経験を適応的に統合する能力に障害が起きている状態に対して、過去と現在に同時に集中しながら行う左右律動的な交互刺激により、健常な情報処理、統合の再開を促す。EMDRでは過去だけでなく、現在の引き金、未来の潜在的挑戦をターゲットにして、トラウマの影響からの回復を促す。持続エクスポージャー療法などとともに、エビデンスの高い治療として認められている。
ホログラフィートーク
セラピストの嶺輝子によって開発された心理療法。軽催眠下のトランスワークや、自我状態療法の一種に位置づけられ、クライエント(療法を受ける人)本人が感情や身体症状の意味を読み取り、解決し、自らを癒すプロセスをセラピストが援助する。クライエントが持つネガティブな感情や身体症状を、問題の様々な原因そして解決法を教えてくれるリソースととらえ、その感情や症状から、問題の起源を探り、解決し、未来における新しいリソースや解決を見いだしていく。
トラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)
持続エクスポージャー療法、認知行動療法を子どもに援用するため、子どもと家族を扱うための様々な有用な概念や技法を組み合わせて考案されたトラウマの治療法。多くの臨床研究が重ねられ、子どものトラウマや悲嘆に関する治療技法の中では最大限のエビデンスを有する。PRACTICEの頭文字で始まる構成要素に基づく治療構造を持ち、最初にP(Psychoeducation ; トラウマに関する心理教育)、次にR (Relaxation ; リラクセーション)……というように、次の段階に進むためのスキル形成と段階的エクスポージャー(子どもの耐えられるレベルを滴定しながら少しずつトラウマとなった出来事について考えたり、語ったり、書いたりする)を車の両輪とし、トラウマナラティブを家族と共有し、現実面での課題を乗り越え、将来の発達を保証していく。
アドラー心理学
オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラーが創始した心理学の体系。個人の心理は、意識・無意識にも影響されるが、社会環境にも多大に影響されるなどとした学説を唱えている。アドラーの思想についてまとめた「嫌われる勇気」(岸見一郎、古賀史健著、ダイヤモンド社刊)のヒットで、日本でも注目されるようになった。
自我状態療法(Ego State Therapy)
ワトキンス夫妻によって開発された心理療法。自我状態とは自己の一部あるいは一側面で、異なる環境に適応する時、成長過程で重要な大人の「取り入れ」が生じる時、トラウマチックな出来事に対処しなくてはいけない時に生じ、生じた状況による情動、衝動、欲動などの人格エネルギーを持っている。ある個体内の自我状態に葛藤があると、個人全体としては機能不全に陥り、様々な症状や問題として出てくる。そのような時には自我状態療法が有効。
予約料
患者数の増加により、予約機能を適正に運営させていくため、2015年10月からは30分の診療にも選定療養費(予約料)が別途かかるようになった。