相手にされない日々を乗り越えて
「クロスフィールズ」を立ち上げたのは、2011年5月のことです。実は、もっと前に準備を始めていて、3月に私は前職を辞しました。それが11日、まさに東日本大震災の日でした。そこで、しばらくは復興支援の仕事をしていたため、立ち上げが少し予定より延びたというわけです。「クロスフィールズ」ではこれまで、社会貢献の世界とビジネスの世界をつなぐということを一つの柱としてやってきました。具体的には、日本の大企業で活躍されている若手の方々を、アジアの途上国や新興国のNGOや企業に派遣し、リーダーシップを養い、グローバル人材を育成するためのプログラム作りや実現するためのサポートです。
こうしたNPOを立ち上げたことには、私が大学卒業後、青年海外協力隊員としてシリアで活動した経験が大きく影響しています。当時シリアは国民一人あたりのGDPが1000ドル程度と、経済成長と幸せがギリギリ比例していた時期でした。そこでコミュニティー内の共助や、家族を大切にする心といった人生の豊かさに触れることができたのです。そして何より、自分を本当に必要としてくれる人々がいて、活動の達成感も大きかったです。
とはいっても、設立当時、私は28歳、共同創業者の松島由佳が25歳。そんな若造が、いきなり現れて「御社の優秀な若手を派遣してください」と言っても、見向きもされませんでした。自分たちとしては、時代の流れをある程度くんでいるという自負があったものの、先例も実績もなく、大企業としては当然の対応だったと思います。1年近くそんな状態で、「これは駄目かもしれない」と思ったことも正直ありました。当時は、本当に辛い時期で、それを見かねて「小沼くん、大変そうだから、一人くらいうちの若い者を出すよ」とおっしゃってくださった企業のオーナーの方がいたくらいです。
ただ、最初の企業は、誰でも知っているような大企業じゃないと世の中に対するインパクトが限定的になってしまうと考えていましたから、どうしてもそこにこだわりました。企業にかかわらず、日本の社会では前例のないこと、新しいことに対して一歩引いてしまう傾向があります。それでも諦めずに、何度も足を運び、誠意をもって説明する中で、徐々に時代の2、3歩先を見据えたチャレンジに賛同してくださる方々とつながりを持つことができました。
そして12年2月、ついに、パナソニックの社員の方を、「留職者」第1号としてベトナムに派遣することができました。
様々な成果を上げている留職者たち
ベトナムでのミッションは、ソーラークッカーという太陽光を使った調理器具を製造し普及を推進している現地NGOと一緒に、コストの削減をすることでした。派遣先の地域は無電化地域で薪(まき)を調理に使っており、森林伐採や煙による健康被害が問題となっていました。コストを削減できれば、より多くの家庭がソーラークッカーを買うことができ、問題解決につながります。家電メーカーのプロダクトデザイナーが、このミッションを成功させるのは大変だったと思います。それでも、3週間という短期間で試作品を作ることができたのは、日本でサポートしてくれる社のメンバーがいたこともありますし、何より、留職者と現地NGOのリーダーの熱意のなせる技だったと思います。
これによって、留職への関心を寄せてくれる企業がだんだんと増え、そのミッションの内容も広がりをみせていきました。
たとえば、農村部の小売店向け流通システムを作っている現地の企業と一緒に、システムの効率化を図るため、インドに留職したのはNECの方です。彼は、簡単なPOSシステムを入れたタブレットを使うことで流通システムの効率化を図りました。それまで3日かかっていた集計作業を5分に短縮できるようになり、実際にその企業が投資をして、他の地域でも同様な流通システムを展開するまでになりました。
ハウス食品の留職者の方は、インドネシアのバンタルサリー村で村の特産品であるクリスタルグァバを使った加工食品、2種のリーフティーとドレッシングを作りました。バンタルサリーは、首都ジャカルタから鉄道とバスを乗り継いで約3時間かかるような村です。これは多くの留職者が経験することですが、現地では器具や設備が整っておらず、何をするにもゼロからのスタートになります。ここでも、日本でのサポート体制が大きく寄与したと聞いています。
加工食品によって大きな利益を得ることができたわけではありませんが、インドネシア国内の企業に向けて村のアピールができ、今後、投資や融資が期待されています。留職者が日本に帰国した後にも、その熱は現地で伝播し続けているのです。
そして、帰国後の留職者の方々の意識の変化や、仕事への取り組み方の変化は誰もが認めるところです。これはグローバル人材やリーダーシップが育まれるとの評価にもつながっています。さらに、日本のビジネスパーソンの勤勉さ、チームワークやレジリエンス(困難にもかかわらず適応していく能力)を大事にすることに対して、現地の人々のリスペクトを得られていることも大きな成果だと思います。
伝播していく熱の力を実感
留職には大きく分けて、「企画設計」「事前研修」「現地業務」「事後研修」の四つのフェーズがあります。これまでご紹介したのは「現地業務」なわけですが、最後の「事後研修」、これにも大きな意味があります。クロスフィールズ設立当時は、帰国後の留職者が持つ熱をテコにして組織を変え、それによって社会を変えていきたいという目標がありました。しかし、一人の留職者の意識が変化したからといって、企業という組織が変化するほど甘くはありません。そこで、留職の目標の達成度などを振り返ったり、今後の業務への展開などを議論したり、社内の関係者に向けた最終報告会を実施するなど、理解を深めることが重要になります。それが事後研修です。
これにより、留職者以外の方々が、我々のプログラムの意義を広めてくださるという現象が起こりました。留職先だけではなく、日本でも熱の伝播が感じられ、嬉しい限りです。留職者本人だけではなく、周囲で彼らを応援する上司や幹部の熱も重要だと実感した瞬間でもありました。
クロスフィールズが活動する上で、理事やアドバーザーの方々など、周囲からのサポートを受けられることはNPO法人であることの大きなメリットです。我々のような小さな団体が、新しいことにチャレンジし、評価をいただけたのには、こうしたサポートが大きな役割を果たしています。企業も同様で、マインドセットされた若手を、周囲が潰さないようにしていただきたいのです。
我々の事業には、新興国のNGOのスタッフをゲストに招き、社会課題解決の事業プランを策定するワークショップがあります。ある大企業のCSR(corporate social responsibility:企業の社会的責任)担当の方が、このワークショップに参加した若手社員をたきつけ、商品化までこぎつけました。それがこの4月に新商品として発売予定です。大企業において、若手社員のアイデアがそのまま商品化されるのは異例のことです。こうした企業からは、社員にとっても、ユーザーにとっても、ワクワクすることがたくさん生まれていくことでしょう。
3つのセクターでの取り組みが重要
日本では、これまで、行政が社会課題のすべてを解決するという前提があったように思います。しかし、財政が縮小する中、行政ができることも縮小傾向となり、今後は民間の企業に期待される部分が大きくなっていくことでしょう。ただし民間企業がすべての課題をクリアできるかといえば、それはむずかしく、取り残された課題にNPOやNGOが取り組まねばなりません。