まだ十分に食べられる食品が大量に廃棄されている一方で、今日明日の食事にさえ困っている人がいる。この二つの問題を解決する手段として注目されているのが、「フードバンク」と呼ばれる社会福祉活動だ。約50年前にアメリカで始まり、日本でも2015年の生活困窮者自立支援法施行を機に活動団体が増えつつあるが、諸外国と比べると規模は小さく認知度も高いとはいえない。ここでは、02年に日本で最初に特定非営利活動法人に認定されたフードバンク『セカンドハーベスト・ジャパン』の創設者マクジルトン・チャールズ氏に日本のフードバンク活動の現状と課題を聞く。
「もったいない」から「ありがとう」へ
私が代表を務めるセカンドハーベスト・ジャパンでは、さまざまな理由によって販売できなくなった食品を企業や個人から寄贈してもらい、福祉施設や生活困窮者に無償で提供する活動を行っています。寄贈される食品は、包装のちょっとした破損や印字ミス、特売や催事の終了で生じた過剰在庫、規格外の野菜など。こうした、安全に食べられるにもかかわらず廃棄処分されてしまう食べ物、いわゆる「食品ロス」は、日本国内で年間621万トンもあります(農林水産省発表による2014年度推計)。これは、世界中で行われている途上国などへ向けた食料援助量のおよそ2倍に相当します。
一方で、日本の貧困問題は年々深刻になっています。セカンドハーベスト・ジャパンでは、日本で200万人以上の人々がフードセキュリティが担保されない生活を送っていると見積もっています。とりわけ子どもを取り巻く環境は厳しく、厚生労働省による2016年の国民生活調査では、17歳以下の子どもの貧困率は13.9%、ひとり親世帯の貧困率は50.8%に達しています。つまり、子どもの7人に1人が貧困状態にあり、親の収入が少ないためにご飯を食べ、友だちと遊び、勉強するといった「当たり前」の暮らしが難しくなっているのです。
膨大な量の食べ物が捨てられている傍らで、栄養のある食べ物を十分に得ることが困難な人が多数存在する。フードバンクはこうした食の不均衡を解消するため、余っている食べ物を寄贈してくれる支援者と食べ物を必要としている受益者とをつなぐ役割を果たしています。セカンドハーベスト・ジャパンでは児童養護施設や母子支援施設、DV(ドメスティックバイオレンス)のシェルターや障害者の施設などに食品を届けていますが、受け取る側は食費の節約になり、浮いた費用を本来の活動にあてることができます。児童養護施設では本や遊具、学費として子どもたちに還元したり、母子支援施設では各家庭の食卓が豊かになり、子どもとお母さんに笑顔が生まれるという事例も報告されています。
食品を提供する側にもメリットがあります。まずは、廃棄コストの削減。一般的に、食品の廃棄には1キロあたり100円以上かかるとされ、食品メーカーや小売店は莫大な費用をかけて売れ残った商品を廃棄しなくてはなりませんが、フードバンクなら寄贈品の輸送費だけで済みます。また、自社で扱う食品が廃棄されずに有効に活用されることで社員の士気が向上するほか、社会貢献活動による企業のイメージアップにもつながります。フードバンクを通じて自社製品が配られることで、潜在的な顧客の掘り起こしも可能です。
「もったいない」から「ありがとう」へ。これが、フードバンクの役割なのです。
寄贈する側もされる側も対等なスタンスで
私が日本に初めて来たのは1984年。当時は米軍に所属し、2年間日本に駐留しました。その後、91年に上智大学の留学生として再び来日。学校に通いながら東京の山谷地区で路上生活者の支援活動に関わるようになり、隅田川沿いで15カ月間、段ボールやブルーシートを使った路上生活も体験しました。こうした経験を通して「生活困窮者には住まいの問題もあるが、まずは食べ物の支援が必要だ」と考え、2002年、日本初のフードバンク団体を特定非営利活動法人とし、本格的な活動を始めるに至ったのです。
設立後、最初の1年間に福祉施設などへ配った食品は、約30トンでした。03年には東京の台東区浅草橋に倉庫と事務所を構え、04年に配送用車両の寄付、05年には冷凍車の寄付を受け、寄贈食品の種類や取扱量が大幅に拡大しました。現在は年間でおよそ2500万トン以上、470万食以上を施設や個人に提供しています。
もちろん、寄贈食品の品質管理対策もしっかりと行っています。セカンドハーベスト・ジャパンで扱う食品は、賞味期限が十分残っているもののみ。市場には出せなくても、一般商品と同レベルの安全性が保証される食品しか引き取りません。さらに、転売などのリスクが生じないようにQRコードを用いた配送記録システムを導入。これにより、食品がどこからどこへ流れたのかが明確になり、提供元の企業に対する配送報告だけでなく、地域ごとの配送件数や施設の種類ごとの食品供給量、車両の稼働率などさまざまなレポートが出力できるようになりました。
設立から5年間は、食品を寄贈してくださる企業や団体は1桁台でしたが、現在では累計1400社に近づくまでになりました。よく、「支援してくれる企業を探すのは大変でしょう」と言われますが、セカンドハーベスト・ジャパンでは企業に対して食品の支援や募金をお願いしたことは一度もありません。もし企業にお願いをすれば、寄贈する側とされる側の間に上下関係が生じてしまいます。だから、「ロスになる余剰食品を必要としている人に渡せばお互いに助かりますよ」という対等なスタンスで接しています。なお、協力いただく企業との間では、受領判断基準・品質管理・転売禁止・責任の所在等に関する合意書を交わしています。食品を寄贈する側も受け取る側も安心して利用できる。そうした信頼関係を作ることが、フードバンク活動では大変重要なのです。
受益者となる施設や個人に対しても、義理や感謝を押し付けたりはしません。「恵まれない人を助けてあげる」とか「社会のために良いことをしている」という意識は全くなく、むしろそういう意識だけでは活動は長続きしないと思っています。私は、廃棄される運命にあった食べ物がきちんと活用されるという、フードバンクの仕組みそのものに面白さや楽しさを感じているだけであって、フードバンク団体を立ち上げた理由もそこにあるのです。
「フードセーフティネット」の構築を目指して
私たちセカンドハーベスト・ジャパンは、「すべての人に食べ物を」をスローガンに、誰でもすぐに食べ物を得ることができる食のセーフティネット、いわゆる「フードセーフティネット」の構築を目指しています。ここで言うセーフティネットとは、「今日、食べるものがない」といった緊急事態が生じたときに、経済レベルに関係なく、安全かつ栄養のある食べ物を確保できる支援や体制のことです。例えば、あなたが今とても空腹で、お金も頼れる人もない状況だとしたら、どこで食べ物を手に入れますか? 通常、交番や市役所へ行っても食べ物はもらえません。東京には路上生活者を対象とした炊き出しや食べ物の提供場所がありますが、せいぜい数十カ所で、日にちも限定的です。しかし世界に目を向けてみると、緊急的に食べ物を受け取れる拠点は、ニューヨークには1100カ所、サンフランシスコに250カ所、香港にも160カ所あります。さらにアメリカでは、低所得者を対象にした「フードスタンプ」と呼ばれる食料費補助制度や低価格スーパーマーケットの運営など、支援の方法もさまざまです。