安倍政権は、「働き方改革」や「人づくり革命」といったネーミングの新政策を次々と打ち出している。しかし、その効果のほどはいまだ明らかではない。現在の日本の労働環境、労働者意識は本当のところ、どんな状況にあるのだろう? 若者の支援政策への提言や、教育や人材育成、雇用や労働問題についての発言を続けている本田由紀さんに、お話をうかがった。
「現政権によって就職率が向上した」は本当か
「20~30代の若い世代の間で自民党支持率が高まっている。その理由は自由民主党が与党に戻ってからのここ数年、就職率が向上しており、それを若者たちが歓迎しているからではないか」という分析が、2017年の衆議院選挙後にあちこちで見られました。
世論調査の結果にはばらつきがあるという指摘もありますが(*1)、若者の中に、現状肯定的な雰囲気はたしかに感じます。また、新卒学生の就職率だけを取り上げれば、ここ5年ほどずっと改善傾向にあるのも事実です。
ただ、それは政府の経済政策の成果というよりは、団塊世代の退職や少子化による人手不足の影響という面が大きい。同時に、就職がしやすくなった一方で、実際に働き始めた後の労働環境については非常に悪化しているということも、見落としてはいけないと思います。
たとえば、労働者全体の1日あたりの労働時間量の調査(*2)では、労働時間の特に長い層と短い層が近年徐々に増加しており、二極化が進んでいることが分かっています。この背景には、極端な長時間労働の広がりとともに、短時間勤務の非正規労働者の増加があるのではないかと私は考えています。日本企業はバブル崩壊後の1990年代に非正規雇用への依存を高めており、労働者全体に占める非正規労働者の割合は今もじりじりと上がり続けているのです。
つまり、求人倍率はたしかに上がっているけれど、ニーズが高いのは非正規雇用。そして、なんとか正規雇用をつかんだとしても、待っているのは長時間労働、というのが現状なわけです。
にもかかわらず、なぜそうした現実が問題にならず、「就職率が上がっている」ことだけが評価されるのか。一つは、やはり学生自身にも親世代にも、就職を「ゴール」とする考え方が根強いことがあると思います。そしてもう一つ、労働環境にさまざまな問題があることは知っていても、それが自分にも降りかかってくるかもしれないという発想が、学生たちにあまりないということなのかもしれません。
「個人化された能力主義」の広がり
その背景にあるのではないかと推測されるのが、私が「個人化された能力主義」と呼んでいる考え方の広がりです。これは、「能力」に応じて仕事上の処遇や賃金が決められるべきであり、その「能力」を身に付けるのは社会ではなく個人の責任だとする考え方です。つまり、賃金の安さや労働条件の劣悪さなどの問題があっても、それは社会の問題ではなく個人の責任だと問題を矮小化してしまうわけです(なお、「能力」という言葉自体、“取扱注意”が必要なので、以下では「 」を付けて表記します)。
私たちの研究グループが、891名の若者を対象に行った5年間の追跡調査(*3)があるのですが、それによれば「自分の能力を発揮して高い実績を上げた人が高い収入や地位を得るのは、良いことだ」「自分の能力を発揮して上げた実績によってその人の価値が判断されるのは、良いことだ」といった、処遇の差を個人の責任に帰する考え方に対して、ほぼ8~9割の人が「とてもそう思う」「ややそう思う」と答えています。そうした考え方の結果として、労働環境や社会保障などに問題があっても自分で「能力」を身に付けて生き延びればいい、もし生き延びられなくてもそれは自分が悪いんだ、という発想になってくるのではないでしょうか。
さらに言えば、こうした意識は若者だけではなく国民全体に広がっているといえるかもしれません。グラフ1は「平成23年度 国民意識調査 報告書」(三菱総合研究所、2012年3月)での、社会的サービスに関する意識を尋ねた設問の国際比較ですが、「所得の高い人は、所得の低い人よりも、医療費を多く払って、よりよい医療サービスを受けられる」ということを「正しい/どちらかといえば、正しい」とした人、あるいは「所得の高い人は、所得の低い人よりも、教育費を多く払って、よりよい教育を子どもに受けさせられる」について「正しい/どちらかといえば、正しい」とした人の割合が、日本は先進国の中でもかなり高くなっていることが分かります。「能力」のある人が稼いで良い思いをするのは当然だという、ある意味非常に残酷な自己責任主義が、広く共有されているわけです。
日本の労働生産性の低さ
公益財団法人日本生産性本部の調査「労働生産性の国際比較 2017年版」によると、日本は2016年に20位(1人あたり生産性は21位)。http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001524.html