一人ひとりが担う職務の範囲が非常にあいまいで、雇う側の裁量が非常に大きく、会社から言われた業務は基本的には何でもやらなくてはなりません。
これと対になる概念が「ジョブ型雇用」。自分の専門はこれであって、自分の職務はここまで、という担当範囲が明確な雇用形態をいいます。日本以外のほとんどの国では、こちらが一般的です。雇用契約の段階で、「あなたにやってもらうのはこういう内容の仕事で、それに対してこれだけの報酬を払います」という、ジョブベースの契約を結ぶわけです。
日本型のメンバーシップ型雇用では、専門的な「能力」がある人であっても、それがなかなか評価されないし、発揮しにくい。それよりも、柔軟で気働きができて、一言えば百やるというような、人間力的な「能力」のほうが評価されることになります。
会社の都合によって、まったく違う職務の部署にも次々ローテーションさせられるので、経験を重ねて専門性を高めていくことがなかなかできないし、勝手が分からなくて仕事のやり方が非効率になることもしばしばです。さらに、優秀で責任感の強い人ほど、これもできるよね、あれもお願いというふうに、どんどん仕事が降ってくることになるので、長時間労働にもつながりがちです。
それでも、かつてのように経済成長が安定していた時期なら、会社に所属することによる安心感はあったでしょうし、年功序列型賃金によっていずれは高い報酬を得られることが保証されていました。ところが、経済が悪化した1990年代以降はそれも揺らいできてしまった。それによって、メンバーシップ型雇用の欠点が急速に顕在化してきているのが現状だと思います。
「ジョブ型雇用」を増やすことが急務
もちろん、すべての人がジョブ型の社員になることは無理かもしれませんが、少なくともこれだけ労働力人口の減少がいわれている今、ジョブ型社員の層を厚くしていくことは絶対に必要だと思います。
従来のメンバーシップ型雇用では、会社の「メンバー」として、フルに時間もエネルギーも差し出せる人でなければ働き続けることができません。子育てや介護などさまざまな事情を抱えた人たちに、十分に「能力」を発揮して働いてもらうためには、ジョブ型雇用をもっと増やすことが不可欠です。日本独特のメンバーシップ型雇用になじめない、海外からの留学生なども同様です。
そのことを私は以前からさまざまなところで提言しているのですが、なかなか企業は動きません。人手不足が続く中、企業は社員に対してむしろ今までよりいろんな仕事を何でもやらせたいと考える傾向が強まっています。さらに、ジョブ型社員は自分の担当範囲がはっきりしている分、「これは私の仕事ではありません」と自己主張するわけですから、メンバーシップ型社員のようにフリーハンドで使うわけにはいかず、経営側にとっては「やりにくい」イメージなのでしょう。
また、労働組合からも反対の声は多いようです。「この仕事しかやりません」と限定することで、メンバーシップ型雇用に比べて賃金が下がったり解雇しやすくなったりすることにつながるのではないか、という懸念があるようで……。要は、従来の日本的な働き方にどっぷり浸かっていると、それ以外の働き方があって、それを導入することで働きやすくなるといったイメージがなかなか持ちづらいのだと思います。
それでも最近は、一部でジョブ型雇用の導入を始める企業が出てきました。「自分の仕事に対する満足度」を尋ねると、ジョブ型社員では正社員よりも満足度が高い場合が多いことも、すでに調査(*4)によって明らかになっています。ジョブ型だと、収入は一般の正社員より少し落ちる場合もありますが、変わらない場合やより高い場合もありますし、無駄な長時間労働はないし、何より「能力」を発揮できている手応えがある。会社に振り回される感覚が少なく、自分で自分のやっている業務に納得がいく、ということのようです。
そうしたエビデンスがあるにもかかわらず、広がりの勢いには欠けるところがあって、それがとてももどかしく感じています。
「人づくり革命」「働き方改革」にだまされない
政府も今、「人づくり革命」や「働き方改革」という言葉を掲げて、生産性の低さや長時間労働の問題を改善するための政策を進める、としています。
しかし、長時間労働の規制といいながら、そもそも規制の基準は非常に緩いし、さらには高度プロフェッショナル制度の導入や裁量労働制の拡大、個人請負契約の拡大など、労働時間規制の枠外にある働き方を広げようとまでしています。本当に状況を改善しようとしているとはとても思えません。
また「人づくり革命」では、具体的な施策の一つとして、社会に出てから大学や大学院で学び直す「リカレント教育」の拡充が挙げられていますが、先ほどお話ししたように、今の日本の働き方ではいくら専門性を身に付けてもそれがほとんど評価されません。90年代の一時期、海外や国内でMBAを取得する人が急増しましたが、結局会社の中では評価されなかったと感じている人が多かったという調査結果(*5)もあります。本当の意味での「働き方」そのものの改革を進めなければ、リカレント教育をいくら推し進めても同じことになるだけでしょう。
そのように、具体的な施策内容を見ていくと、さまざまな問題を矮小化して、表層的なところで「やったふり」をしているだけのように見えて、非常に腹立たしく感じます。「人づくり革命」「働き方改革」といった聞こえのいい言葉にだまされてはいけない、というのが率直な思いです。
2017年の7月に、日本学術会議の社会学委員会で、私が委員長を務めた「社会変動と若者問題分科会」が「若者支援政策の拡充に向けて」と題した提言(*6)を発表しました。「若者」と謳ってはいますが、それ以外の世代にも当てはまる内容が多数含まれています。
長時間労働の是正に関しては、「全ての労働者について、残業時間の上限を月50時間とする」べき、としました。また、「労働条件の透明化」として、求人時及び採用時に明示する労働条件には、賃金・手当や労働時間だけでなく職務内容も加えるよう規則改正を行うべき、と提唱しています。これは、ジョブ型雇用の導入に向けた一歩として、個人的にかなり強い決意を持って書き込んだものです。
こうした提言の内容が、本当の意味で日本の「働き方」を変えていくための土台になっていけば、と思っています。
*1 菅原琢「若者が自民党を支持しているって本当?第2回――世論調査では20代の自民党支持率は高くない」
*2 NHK放送文化研究所「2015年国民生活時間調査報告書」p.38、2016年2月
*3 有海拓巳「若者の社会観・意識と変容」乾彰夫他編『危機のなかの若者たち』東京大学出版会、p.315
*4 鶴光太郎・久米功一・戸田淳仁「多様な正社員の働き方の実態―RIETI『平成26年度正社員・非正社員の多様な働き方と意識に関するWeb調査』の分析結果より」RIETI Policy Discussion Paper Series 16-P-001、pp.12-13、2016年1月
*5 本田由紀(編)「社会人大学院修了者の職業キャリアと大学院教育のレリバンス:社会科学系修士課程(MBAを含む)に注目して:分析編」〈東京大学社会科学研究所全所的プロジェクト研究 No.7〉2003年3月ほか
*6 日本学術会議社会学委員会 社会変動と若者問題分科会「(提言)若者支援政策の拡充に向けて」2017年7月4日
日本の労働生産性の低さ
公益財団法人日本生産性本部の調査「労働生産性の国際比較 2017年版」によると、日本は2016年に20位(1人あたり生産性は21位)。http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001524.html