漫画家さいきまこさんの作品は、生活保護や貧困といった社会的な問題から起こる人間模様をリアルに描き出している。読者に「私にも起こるかもしれない」と切実な思いを抱かせる。最新刊『助け合いたい』のサブタイトルは、なんと「老後破綻の親、過労死ラインの子」である!! こんな作品を生み出すさいきさんとは、どんな人なのだろう? お話をうかがった。
生活保護への偏見は、私自身にもあった
──さいきさんは、家族の病気が原因で経済的に追い詰められた一家が生活保護によって暮らしを立て直すまでを描いたコミックス『陽のあたる家』(2013年、秋田書店)など、生活保護や貧困をテーマにした作品を連続して発表されています。こうした社会的な問題を漫画で描こうと思われたのには、何かきっかけがあったのでしょうか?
私は、新卒で入った会社を結婚退職して、フリーで雑誌編集などの仕事をしたあとに、漫画を描き始めました。経済的にはずっと不安定だったのです。それでも正直なところ、生活保護については「自分とは違う人たちが受けるものだ」という強い偏見を持っていました。
ところが、出版不況が厳しくなってきた10年ほど前、フリーランス仲間のメーリングリストに『あなたにもできる! 本当に困った人のための生活保護申請マニュアル』(湯浅誠著、2005年、DO BOOKS)という本が紹介されていたのです。書評としてではなく、「自分たちも該当するのでは?」という切実な理由からです。その紹介文には、生活保護の受給要件も書かれていて、自分も保護の対象になる可能性があることが分かりました。
当時の私は、その数年前に離婚を余儀なくされ、貯蓄もほとんどなく、老後の備えは国民年金だけという状態。病気になったり年を取ったりして働けなくなったら、生活保護を利用するしか手立てがないな、と考えるようになりました。つまり、生活保護を利用しなければ生き延びることはできない、と気付いたのです。
その後2012年に、いわゆる「生活保護バッシング」が起こりました。あるお笑い芸人の母親が生活保護を利用していることが明らかになったのが発端でしたが、法的には何も問題のないケースだったにもかかわらず、「不正受給」という言葉が独り歩きして、まるで生活保護利用者の大半が「不正を行っている」「働きたくないから利用している」人であるかのようなイメージが広がってしまった。さらに、政治家からは「生活保護を利用することが恥だと思わなくなったのが問題だ」という内容の発言まで飛び出しました。
「生活保護は不正受給ばかり」も、「生活保護を利用するのは恥だ」も、どちらも全くの間違いなのに、その二本柱で一気にバッシングが進んでいく。しかも、バッシングしている人たちは、自分もいつ生活保護を利用するようになるかもしれないのに、自らの権利を自らの手で叩きつぶそうとしている! この状態は本当にまずいんじゃないかと思いました。それで、自分の仕事である漫画を通じて「それは違うよ、本当はこうなのよ」と発信できないだろうかと考えたのが、生活保護を扱った一作目『陽のあたる家』を描こうと思ったきっかけです。
それぞれの作品で伝えたかったこと
──最初に掲載した雑誌は女性向けの漫画雑誌ですが、企画を持ち込んだ時の編集部の反応はどうだったのでしょう?
最初は「生活保護って不正受給だらけなんでしょう、どうしてそんな人たちの漫画を描くの?」というものでした。まさにバッシングのさなかでしたし、「生活保護」イコール悪というイメージで、その単語が出るだけでダメという感じだったのです。
いくら「そうじゃないんです」と言葉で説明しても分かってもらうのは難しいなと感じたので、先に漫画の詳細なストーリーを作ってしまうことにしました。そこに生活保護の制度についてや、「どういう誤解があるか」ということを織り込んで再度プレゼンをしたら、編集者から「やってみましょう」と言ってもらえて。私自身も、ストーリーの力というものを実感したし、もしかしたら読者にも受け入れてもらえるんじゃないか、という手応えを感じました。
実際、発表後もバッシングのような反応はほとんどなくて、「身につまされる」「生活保護ってこんなに大事なんだと分かりました」という声をたくさんいただきました。雑誌の読者層と重なる「主婦」が主人公だったこともあり、「自分もいつそうなるか分からない」と感じてもらえたようです。
ただ、まずは生活保護とはどういうものかを伝えることを優先するために、『陽のあたる家』ではあえて、誰から見ても「助けなきゃいけない」と思えるような「清く正しい」家族を主人公に設定していました。そのため「こんな人たちばかりじゃないでしょ」という批判はある程度織り込み済みでしたが、これだけで終わってしまったら、「この漫画に出てくるような『本当に困ってる人』は助けるべきだけど、健康そうなのに仕事もせずに暮らしている、『自己責任』としか思えない人は助ける必要ないでしょう」といった発想につながりかねないという懸念が残っていたのです。
だから、次の作品では「自己責任のように見えても、そこにはいろんな事情や背景があるんだよ」ということを伝えたいと思いました。それで、「子どもの貧困」をテーマにした二作目の『神様の背中』(2015年、秋田書店)では、小学生の娘の面倒も見ずにお酒を飲んで遊び歩いている、全く「かわいそう」には見えない母親を登場させることにしたのです。
──他の作品も含め、さいきさんの漫画は登場するエピソードが非常にリアルで「自分の身にも同じようなことが起こるかもしれない」と考えさせられるのが大きな特徴だと思うのですが、実際にあったエピソードなどを取材されているのでしょうか?
当事者やその支援団体、ケースワーカーなどに取材をしています。取材に協力してくださった方々のプライバシーの問題があるので、お話しいただいたエピソードをそのまま使うことはほとんどありません。それでも一つだけ、許可をいただいて、作品に盛り込んだエピソードがあります。
相対的貧困
食べ物や住居など最低限の生存条件を維持できない「絶対的貧困」に対し、その国・地域社会において「普通」「当たり前」とされる生活を営むことが難しい状態を「相対的貧困」という。例えば、日本においては高校への進学率は97%を超えているが、その中で「経済的な理由で高校に進学できない」という状況は相対的貧困に当たると考えられる。
女子高生がバッシングを受けた
2016年8月、子どもの貧困問題を扱ったNHKのニュース番組の中で、経済的な理由で専門学校への進学をあきらめたという女子高生の事例が紹介された。放映後、ネット上で「背景に映り込んでいた自宅の部屋に大量のアニメグッズがあった」「本人が『好きなバンドのライブに行った』とツイートしていた」などの理由による、「本当は貧困ではない」「ヤラセだ」などのバッシングが巻き起こった。
はく奪指標
一定水準の生活に必要とされる衣食住や教育、職業、健康、社会活動、制度などの項目を選び、その充足度を指標化したもの。貧困を測定する指標の一つとされている。