どんな法律になるのか
では、どのような法律が作られるのでしょう? これはあくまで19年1月現在の報道等からの推測ですが、おそらく既存の法律の中に新たな項目を立て、「措置義務」を追加する、という内容になると思います。措置義務というのは、セクハラに関しての男女雇用機会均等法11条を見ると、理解することができると思います。
つまり、企業はパワハラに関して、労働者が平穏に働ける環境づくりのための措置をしなければならない。厚労大臣は措置の具体的内容を指針で定める、ということです。
すでにこうした措置義務が法律で定められているセクハラの場合、措置義務に該当するのは、まず企業としてセクハラを定義しこれを禁止する、という宣言を出し、そして被害があった場合、被害者が相談できる窓口を設けるといったことです。こうした内容を企業の就業規則に盛り込むわけです。パワハラについても、この対応をパワハラに広げる、と考えればそれほど難しくないと思います。
企業の中には、すでに、就業規則の中でパワハラについて定めているところも少なくありません。例えば、就業規則の中にまずはパワハラの定義を置きます。これは厚労省の定義を参考にしたものもあれば、実情に合わせて独自の定義を定めたものもあります。一例を挙げると、
といった具合です。パワハラについて、我が社はこれを許さない、といった内容が明確に記されています。さらに懲戒規程の中に、パワハラ行為をした者に関する一項を入れている場合もあります。もう一歩進んで、被害者の申告から、事情の聴き取り、会議(コンプライアンス委員会)、懲戒、異動といった一連の手続きを就業規則の細則規程として別途規定している企業も増加しています。
こうしてみると、パワハラ増加に対する対策で企業側が一歩進んでいるように見える現状にあって、法制化の意味はどこにあるのか、と思われるかもしれません。ですが、その違いはかなり大きいのです。法律があれば、行政はパワハラを法律違反だと言うことができるからです。「モラルとして、すべきではない」と言うのと、「すれば法律違反になる」と言うのとでは企業に対する影響力は大きく違います。ただ、調停に持ち込める、罰則があるといった制裁規定が法律に盛り込まれなければ、単なるガイドラインにとどまってしまう可能性も否定できません。
個人的には、私は上記のような措置義務に加えて、そもそもパワーハラスメントが禁止されるべきものであること、パワーハラスメントの申告があって会社が厚労省の定める指針に基づく対応を行った場合、当該事案について、労働局へ報告する義務を課すこと、といった内容があるとよいと考えています。訴えの総数や、パワハラの認定には至らず訴えを聞くにとどまった件数、懲戒処分に至った件数が全国的に統計として出てくれば、世の中のパワハラに対する認識はさらに深まっていくことは間違いないからです。
パワハラ認定の難しさ
どこからがパワハラになるのか――パワハラを扱う難しさは、その線引きの難しさにあります。
日本人には伝統的に、フラットな人間関係を築くことに不慣れなところがあるのではないかと推察しています。先輩が後輩にものを教える、年齢や経験が上の者に下の者は従う、といった構造によりかかって人間関係を形成することに慣れてしまっているのです。
また、最近顕著になってきている職場での正規・非正規の労働者間の身分差も、パワハラのようなハラスメントを許容しやすい職場環境をつくる要因になっていると思います。
そんな風土の中で、「多くの人がこれはパワハラだと感じるからパワハラなんだ」という認定の仕方には危険な面がある、と私は思います。なぜなら、耳を傾けなくてはならないのは、被害者がどのように傷ついたのか、ということだからです。私はパワハラに該当するかしないかのポイントは、被害者に不可能を強いているかどうかだと考えています。つまり同じ事柄であっても、その人の能力、経験、性格によって受け止め方、傷つき方はまったく違ってくるのです。上司が「なぜこんなことができないのか?」と言っても、「言われても仕方がないな」と思える人と「そんなことを言われても、私には無理」と言う人がいて、受け止め方はそれぞれ違います。
問題はその違いを見極められる立場にいる人は誰か、ということなのです。第一段階として職場内の関係者が判断するのはいいとしても、やはり第三者の客観的な意見は必要です。ただ、現在の企業内コンプライアンス委員会の判定等を見ると、どうしても内部の目、それも使用者サイドに寄った目から見た判定になりがちです。たとえ第三者を入れたとしても、その企業の顧問弁護士や社会保険労務士であれば、内部の人間であることに変わりはありません。日大アメフト部の事件で大学が設けたような、その問題のためだけに外部から雇われた第三者が構成する第三者委員会が必要になってくると思います。
パワハラ防止に向け、何をすればいいのか
法制化は、それ自体がパワハラ抑止効果を生みます。法律になったことが周知されれば、特に経営者側の「パワハラに配慮しなくてはならない」という意識が飛躍的に高まります。社員50人以上の企業に義務付けられている安全衛生委員会の議題にもなりやすくなるでしょう。法律がパワハラについて議論し検討する機会を生む、という効果を生むわけです。
ただ、現場レベルにまでその意識が十分に浸透するかと言えば、そこは難しい。大切なのは、やはり、管理職に対するハラスメントについての研修を行うことでしょう。それも、自身の体験を語らせたり、ロールプレイを取り入れたりといった自ら考えさせる研修が必要だと思います。
そして、「ばかやろー、何回言ったらわかるんだ!」といった暴言でしか部下を「指導」できない人たちの思考法を変えることです。
ILO(国際労働機関)
[International Labour Organization]国際労働機関。1919年に設立。46年に国際連合の専門機関となる。本部はジュネーブ。加盟国の政府および労使の代表で構成される。各国政府に対し、労働条件の改善や社会福祉の向上に関する勧告・指導を行う。