本来、環境基本法では、住宅地の日中の騒音基準値は55㏈以下と定められている。だが航空機騒音では、それが適用されず、62㏈が基準値となる。それでも、70㏈や80㏈はそれを大きく上回る数値だ。それがなぜ「62㏈以下」とされてしまうのか。
じつは、国交省は13年度から航空機騒音に「Lden(エルデン:時間帯補正等価騒音レベル)」という指標を採用している。簡単に言えば、1日の騒音の総量を24時間で割って平均化するということだ。たとえば80㏈という騒音が発生しても、それは「瞬間最大値」であり、夜間の静けさなどと合わせて総合判断するとLdenでは62㏈以下となる。
「守る会」の共同代表の増間碌郎さんは、この指標を「実際にそこで暮らす私たちにはとんでもない話」と批判する。さらに、まさに私と国交省職員とのやりとりがそうだが、「オープンハウス型では参加者全員が問題意識や国交省の回答を共有できない」とその無効性を訴える。
国交省はそういった声に押されてか、通常の「教室型説明会」も18年末から数は少ないが開催はしている。だが、「住民が萎縮するから」との理由でジャーナリストは入場禁止。よって報道されることもなく、現時点においても一般都民の多くはこの計画を知らない。
落下物問題
「守る会」はもう一つの問題を指摘する。飛行機からの落下物だ。
国交省によると、09年度から16年度で飛行機からの落下物は451件(国内の航空会社のみ)。
17年9月には大阪市でKLMオランダ航空の胴体パネルが落下し、車を直撃。また同月、全日空機から約3キロのパネルが2日続けて脱落。18年5月25日には、熊本空港を飛び立ったJAL機から98個の部品が落下し、そのいくつかで病院の窓ガラスが破損した。
「陸から入って陸に出る」ルートでは、落下物は確実に増える。特に、飛行機は着陸前の高度700メートル前後で車輪を出すが(今回のルートなら渋谷駅周辺)、その衝撃で機体に付着した氷塊が落下することがある。
昨年5月20日、この落下物問題を強く恐れる川崎市民が市内で「羽田増便による低空飛行ルートに反対する川崎区民の会」の発足集会を開催した。
前述のように、B滑走路からの出発便は川崎コンビナート上空を通過する。ここに金属片などが落ちたらどうなるのか? 集会では、川崎コンビナートで働いたことのある竹内康雄さんがこう説明した。
「コンビナートには、ガソリンやLPGなどの可燃性物質や毒性物質のタンクがあります。何がどう落ちるかにもよりますが、仮にタンクの配管に金属片が当たると静電気火災が起きます。いったん火が付いたら猛火となり、自然鎮火を待つしかありません」
前述のオープンハウス型説明会でこの住民の不安にどう対処するのかと尋ねると、国交省は「できるだけ早く海に抜けます」とだけ回答した。
以下、新ルートに従って、港区以南の区で起きる問題を整理したい。
★品川区
新ルートでは、港区を通過したあと、飛行機は高度を450メートル以下に下げ品川区に入る。騒音は75㏈から場所によっては80㏈に達する。
品川区の市民団体「羽田増便による低空飛行ルートに反対する品川区民の会」の秋田操代表が顔を曇らせるのは、品川上空を低空飛行する2本のルート(A滑走路ルートとC滑走路ルート)にはじつに多くの病院と学校とが集中していることだ。
「防音対策するといっても、子どもは野外で遊ぶな、患者は外の空気に触れるなということなのでしょうか」
そう言ってから、秋田さんは「あれを見て」とあちこちの建設中の高層マンションを指差した。
「どれも人気が高い。でも、購入者は新ルートのことを知らないはずです」
高層マンションは上階ほど購入価格が高い。その購入者こそ騒音問題に直面するが、不動産業者は低空飛行計画を説明せずに販売している。「品川区民の会」は街頭でのチラシ配布も行うが、チラシを手にしてから「マンション買っちゃったよー」とため息をつく人もいたという。
★大田区
飛行機は品川区から大田区に入ると、さらに高度を下げる。その付近、品川区東端のウォーターフロントにある品川八潮パークタウンでは上空200メートルから80㏈以上の騒音が降ってくる。ここまで来ると、さすがに住民の関心も高く、団地住民は反対運動を起こしている。
最も激しい騒音に晒されるのは、羽田空港に面した工業地帯の京浜島だ。飛行高度は70メートル。騒音は90㏈と予測されている。
京浜島にある「日本ヒーター社」の小柴恭男会長と小柴智延社長は「国は約束を破った」と憤る。
日本ヒーターが1978年に京浜島に移転操業したのは、事前に運輸省(当時)から「上空は飛行ルートにならない」との説明を受けていたからだ。だが81年、運輸省は突如、京浜島上空の飛行ルートを発表し、その後、上空50メートルを大型旅客機が数分おきに飛行した。恭男会長は「電話ができなかった。すぐ隣の社員にも耳元で怒鳴っていた」と思い出す。
88年、日本ヒーターをはじめ同じ騒音に苦しむ京浜島の経営者9人が、上空での飛行禁止を求め行政訴訟を起こした。すると94年、被告の運輸省が「今後は“原則”として京浜島上空を通過しない」と釈明。これにより、経営者らは訴えを取り下げ、果たして上空の飛来はなくなった。
ところが今回、「事前の協議すらなく」(智延社長)、新ルートが画策された。同社を含めた5社は、京浜島経由でのA滑走路への着陸をしないことを求め、国の公害等調整委員会での調停を申請した。調停は非公開なので審理内容は明かされないが、数カ月以内に調停が成立するか不調になるかが決まるという。