国内感染拡大は免れないだろう
中国の武漢市に端を発した新型コロナウイルス感染症は、ヒト-ヒト感染によって全世界に広がりを見せている。中国内では感染者数が2万8000人を超え、中国本土以外では、27の国と地域に240人の感染が確認されたという(2020年2月6日午前1時現在)。
ここへ来て日本国内でも警戒が更に強まっているのは、国内でのヒト-ヒト感染と、無症状感染者の存在が明らかになったためだ。
日本国内で感染者が初めて確認されたのは20年1月16日、武漢市に渡航歴のある中国人男性だった。同28日には、国内ヒト-ヒト感染による初の日本人感染者も発生。武漢からのツアー客を乗せたバス運転手だったが、明らかな発症者との接触はなかった。また、武漢帰国者の第1陣206人からは、感染者を4人確認。そのうち2人は無症状感染(検査で陽性)、1人は咽頭粘液での検査は陰性、再検査で喀痰(かくたん)を調べた際に陽性と判明し、世間に衝撃が走った。その後の武漢帰国者からも、感染者が1~2%の割合で確認されている。
世界保健機関(WHO)が日本時間1月31日未明に「緊急事態宣言」を表明。これを受け、日本政府は武漢と関わりのある外国人の日本への入国を制限するなど、水際対策を強化した。しかし、19年12月19日には中国国内でヒト-ヒト感染が起きていたことが報告されており、1カ月以上にわたって武漢からの渡航客を受け入れてきたことになる。潜伏期間中あるいは無症状の感染者がいる以上、感染者が国内に入っていないと考える方が難しい。中国と同様、日本国内でも、継続してヒト-ヒト感染は起きていると見るべきだ。
今もなお、武漢のある湖北省以外の中国本土からは日々、大勢の人々が日本を訪れている。日中関係や日本経済への影響を考えれば、現状以上の入国制限は難しいだろう。中国からの訪日旅行客は、18年には838万人に上り、日本国内で1人平均22万円以上を消費した。うち12万円近くは、百貨店やドラッグストア、スーパーマーケット、空港内免税店などでの買い物だ(『訪日旅行データハンドブック2019』)。単純計算で、2兆円近い市場である。
今後は国内感染拡大、重症化する人が出現することを前提に、適切な医療体制を早急に整える必要がある。
新型コロナウイルス感染症とは?
実は、コロナウイルス自体は決して珍しいウイルスではない。一般的な風邪の原因ウイルスの約10~15%は、コロナウイルスだからだ。ギリシャ語で王冠を意味する「コロナ」の名の通り、表面に突起が並んだ形状をしており、顕微鏡では王冠のように見える。
ヒトの間で感染するコロナウイルスは、これまでに6種類の型が知られている。4種類は風邪を引き起こし、あとの2つは、02~03年に主に中国で流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)と、16年に発生したMERS(中東呼吸器症候群)だ。SARSはコウモリから、MERSはヒトコブラクダから、それぞれの動物のコロナウイルスが人へと感染したのが発端である。人の体内で変異して、ヒト-ヒト感染が起こりやすいようになったものだ。
今回のコロナウイルスは上記6種類いずれとも異なり、WHOはこれを一時的に、「2019-nCoV」と命名。後に、ゲノム配列はSARSに類似しているとの研究が英科学誌「Nature」に発表された。なお、SARSは03年7月に終息宣言が出されるまで、最初の発生から8カ月を要した。それまでに8098人が罹患し、774人が亡くなっている(WHO)。
スーパースプレッダーの可能性
SARSでは、発生から約3カ月後に「スーパースプレッダー」と呼ばれる患者が次々に出現し、1人が数十人に感染させたことで患者が急増した。今回も武漢ではスーパースプレッダーが既に存在している可能性を指摘する声もある。他方、SARSでは潜伏期間中には他者に感染せず、発症後10日目頃が最も感染力が強かった。今回の新型は、潜伏期間中や無症状でも感染力があるならば、SARSより感染拡大を抑え込みにくいと言える。
ただし、ウイルスの感染力を数字で見る限り、上がっていくのは想定の範囲内でもある。通常、ウイルスはヒトの体に適応(馴化)し、症状が穏やかになっていく。宿主をすぐ殺してしまうと、自身も増殖できないからだ。症状が軽くなるほど、街には無症状や軽症の感染者が増え、感染が広がる。
一方、この想定通りならば、重症患者は減り、致死率は下がっていく。幸い、新型コロナウイルス感染症の致死率は、今までのところ世界全体で2%超程度だ。中国国内での致死率も、湖北省こそ3.1%だが、湖北省以外では0.2%にとどまっている(2月5日時点)。なお、SARSの致死率は約10%、MERSは約34%だった。
無症状感染者も把握できれば、感染力の数値(基本再生産数)はぐんと上がる一方、分母が大きくなるので致死率は更に下がる。要するに、感染リスクは考えられているより高く、今後も上昇する可能性があるが、重症化や死亡の危険はさほど大きくない、と考えることができる。
重症化しなければ恐れる必要はない
入院が必要なほどに重症化するのは、高齢者、糖尿病、高血圧など基礎疾患のある人、要するに免疫力が低下している人たちだ。ただ、医学誌「The Lancet」掲載の論文では、武漢での流行初期の入院患者41人の約半数が25~49歳で、基礎疾患を患っていたのは3割だった。
基礎疾患のない成人の死亡例も出ている。原因の1つに、「サイトカインストーム」が考えられる。ウイルスなど外敵を発見した白血球は、サイトカインと総称されるタンパク質を“のろし”として上げ、その合図で発熱、咳や鼻水などの駆除反応が起きる。それが過剰に出て、自身を傷つけることがあるのだ。大人がはしかやおたふくかぜにかかると重症化しやすいのもこのためで、H7N9インフルエンザやエボラウイルス感染症などでも重症化や死を招くことが知られている。
コロナウイルスの感染経路は、基本的には飛沫感染と接触感染だ。結核やはしかのような空気感染は通常は考えにくい。飛沫とは、くしゃみや咳で飛んでいくしぶきで、感染者のウイルスが含まれる。また、感染者の飛沫や糞便、吐物などに由来するウイルスは、排出後すぐに死滅せず、物に付着すれば感染源となる。感染者の飛沫が他者の口や鼻に入れば、あるいは汚染物に触れた手で口や鼻などを触れば、粘膜から体内にウイルスが侵入して感染が起きる。SARSを踏まえると、口や鼻だけでなく、目の粘膜からの感染もあると見られている。
ワクチンが存在しない現在、最も重要な予防策は、体力を維持し、免疫力を高めることだ。
基本再生産数
感染症の感染者1人から何人に感染させるかを表す数
2019-nCoV
WHOは、2020年2月11日に新型コロナウイルスを「COVID-19」と命名したと発表した。