性犯罪者が恩赦で救済される!?
2020年1月16日、私が代表を務めるNPO法人ライトハウスは、法務省で森まさこ法務大臣に会い3840名分の署名を手渡した。
その署名は、19年10月の天皇陛下の即位にともなう「即位礼正殿の儀」に合わせて実施された恩赦(復権令)の対象から、子どもへの性犯罪加害者を除いてもらうよう嘆願するもの。恩赦に反対する要望を届けるため、私たちは「即位の礼にあわせた恩赦から、子どもへの性犯罪者は除外してください」というキャンペーンを行った。
恩赦には政令により一律に実施される「政令恩赦」と、申請者のみに個別に実施される「個別恩赦」の二つがある。今回の政令恩赦は10月22日に実施され、罪を犯し罰金刑を受けた人たちのうち一定の基準に該当する約55万人に対し、一律に資格の「復権」が行われた。復権とは恩赦の一つで、刑罰にともなう資格の制限を解除することだ。
同時に、その政令恩赦の基準からもれた犯罪者を対象に個別恩赦、すなわち「特別基準恩赦」も実施され、恩赦を出願した者に対して個別に審査を行い復権令が出されることとなった。児童ポルノや児童買春を犯した犯罪者は、有罪となっても刑罰は数十万円の罰金刑どまりという判決をよく目にしていた私は、強い危機感を覚えた。なぜなら日本では性犯罪者の再犯率が高く、全再犯率の7割近くにのぼるという報告もあるからだ(法務省「平成27年版 犯罪白書」)。
性犯罪問題に取り組む団体の関係者や司法関係者にこの件について聞くと、今回の対象は罰金刑に処せられた全ての犯罪者が対象で、やはり痴漢、盗撮、児童買春や児童ポルノなどの性犯罪者も含まれるそうだ。ただ、対象者の大半は交通違反等で罰金刑を受けた者であり、どれほどの性犯罪者が復権されるかは司法関係者にも「分からない」ということだった。
そこで私たちは、まだ申請手続き中という特別基準恩赦に間に合わせ、将来的には政令恩赦においても性犯罪者を対象にしないよう政府に働きかけることにしたのである。
なぜ児童ポルノの再犯が防げないのか?
私は日頃、ライトハウスの活動を通して児童買春や、児童への性虐待の画像を撮るような性犯罪者に苦しめられる子どもたちの相談を受けている。
諸外国では数~数十年の禁固刑に処され、性犯罪者リストに登録されて職業の選択にも制限が与えられるような犯罪が、日本では軽微な処罰に限定されることから再犯を防げていないのではと感じていた。
例えば、児童ポルノの取引などで犯人が手にする収益は数百万~数千万円にものぼることがあると報道されている一方、それで捕まっても日本の刑罰は軽く、儲けた金額よりもはるかに少ない罰金刑で終わることもある。しかも性犯罪で前科者になっても、職場や家族にも知らされないことすら多いという。
本人の更生や治療にもつながらず、社会的制裁がないに等しい状況では、子どもを狙う性犯罪加害者にとって日本はローリスクな土壌でしかない。私たちライトハウスでは、子どもを毎週のように買春する男性たちのみならず、立場を利用した教師からの性暴力、医療従事者からの性暴力の相談も複数受けていた。
そこで私たちは、冒頭で述べた「即位の礼にあわせた恩赦から、子どもへの性犯罪者は除外してください」キャンペーンを立ち上げて以下の二つの要望を用意し、オンライン署名サイト「change.org」で広く賛同者を募ることにした。
1)すでに閣議決定してしまった今回の復権令のような二の舞いを今後の政令恩赦で行わない(犯罪の性質や被害者の心情に合わせた適切な恩赦にするべき)
2)2020年1月21日までに出願した者 への特別恩赦の審査においても、子どもに対する性犯罪者は除外、もしくは慎重な審査をすべきだ
森法務大臣は署名を受け取った後も、30分ほど時間を取って私たちの元に寄せられる子どもたちへの性被害相談の現状、日本の制度や法律がいかに海外よりも後れを取っているかの意見交換をしてくれた。現法務大臣は女性で、弁護士でもあり、性暴力問題について市民社会とも対話を続けているため期待したい。
子どもに関わる資格者の規定が性犯罪に甘い
さらに、私たちが今回のキャンペーンを通じて学んだことがある。
今回の恩赦では、罰金刑を受けた犯罪者のうち保育士、教師、医師、看護師などの有資格者だった者の資格制限は確かに消滅する(前科は消えない)。しかし、たとえ恩赦がなくても、それぞれの資格の規定自体がすでに性犯罪に甘く、起訴内容や刑罰によっては数年後に資格制限が消滅して復権できると定められているということだ。
例えば「児童福祉法」には、保育士は(児童に関わる犯罪を犯した者でも)罰金刑や禁固以上の刑に処せられると保育士登録を抹消され失職するが、刑期満了から2年を経過したら再び登録が可能になると規定されている(第18条の5)。この規定は、子どもに関わることの多い社会福祉士、精神保健福祉士についても同様だ(「社会福祉士及び介護福祉士法 第3条の2」「精神保健福祉士法 第3条の2」)。
看護師・保健師・助産師に関しては、罰金刑以上に処せられた者に関しては罪状を問わず「免許を与えないことがある」 (保健師助産師看護師法 第9条)という含みのある方針だそうで、こちらもなんだか不安にさせられる。結局、性犯罪への社会的意識が変わらない限り、そうした不安が解消されることはないだろう。
この記事を執筆している間も、小学校講師が10歳にも満たない女児複数名にわいせつ行為をしていた事件や、児童養護施設でボランティア理容師が小学校低学年の児童にわいせつ行為を繰り返した ニュースが流れてきた。さらにはフリースクールの草分け的存在のある組織でも、スタッフによる児童への性暴力が明るみに出て 、個人的にとても衝撃を受けた。
子どもが安心・安全に育つ日本社会に
イギリスでは、子どもに関わる仕事やボランティアに就く者はもちろん、学校のPTA活動に従事する者でさえもバックグラウンドチェック(背景調査)が行われる。子どもを中心に捉え、子どもの権利を守るための環境を作る「セーフガーディングポリシー」のもと、それぞれの組織が、継続的に子どもの権利が守られ、安心・安全に活動ができる環境を作っていく義務があるという。
それに対して、現在の日本では子どもに関わる仕事や活動をする者に都道府県警察や警視庁が発行する「無犯罪証明書」(犯罪経歴証明書)の提出を義務づけたり、雇用主がその人間の過去の性犯罪に関する犯歴の照会ができるような制度もない。
そこに多くの課題が残ると私は思う。
日本では、服役中の性犯罪者の加害者治療プログラムについても取り組みが始まったばかりで、プログラムを受けられる人も、とても限定されていると聞く。こと性犯罪については罰則も、加害者への啓発も、再犯防止策も全てが及び腰に感じられてならない。私たちだけでなく、多くの被害者支援団体、加害者治療に携わる専門家も性犯罪者の処遇について改善を求めている。
今回の恩赦に対してのアクションをきっかけに、子どもが安心して育つ環境がどう作られているのかを考えさせられた。