新型コロナウイルス蔓延の影響により、「家賃の支払いができない」「雇い止めされて住むところがない」といった自営業者や非正規労働者が急増している。長年、貧困問題や生活困窮者支援に尽力してきた稲葉剛さんに、今どういう動きがあるのか、緊急寄稿していただいた。
貧困の現場における緊急事態
今、日本国内で2つの「緊急事態」が同時に進行している。一つは、言うまでもなく、新型コロナウィルスの感染拡大を踏まえ、2020年4月7日に発出された「緊急事態宣言」である。東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県を対象に、5月6日まで改正新型インフルエンザ対策特措法に基づく「緊急事態」が政府によって宣言された。
もう一つは、貧困の現場における「緊急事態」である。
感染拡大による経済への影響は、屋形船の乗船者に感染が確認された2月頃から始まり、当初は、観光業、飲食業、音楽、演劇、娯楽など、人が集まることでビジネスが成り立つ業種で目立った影響が見られるようになった。経済への影響は徐々に拡大し、現在は、ほぼ全ての業種が打撃を受ける経済危機が到来している。
経済危機が悪化の一途をたどる中、3月頃から収入の減少により、家賃の支払いが困難になるフリーランスや自営業者、非正規労働者が出始めた。新たに住まいを失う人が急増しかねない、もう一つの「緊急事態」が到来しているのだ。
私たち生活困窮者支援の関係者が最も懸念しているのは、2008年秋のリーマンショックに伴う「派遣切り」のように、多数の労働者が仕事と住まいの両方を失い、街にあふれる事態が生じることである。労働問題に取り組むNPOや労働組合のもとにはすでに、解雇、雇い止め、内定取り消し、大幅な給与カット等の相談が殺到しており、リーマンショックを上回る社会的経済的混乱が生じるリスクが日々、増大している。
2008~2009年の年末年始には、仕事と住まいを同時に失った人々を支援するため、日比谷公園で「年越し派遣村」の取り組みが行われたが、今回は感染リスクを考慮すると、「派遣村」のような多数の人が集まる相談会は実施できない。
今、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、“STAY at HOME”(家で過ごそう)という呼びかけが日本を含めた世界中で広がっているが、貧困の現場では”HOME“を新たに失う人が大量に出かねない危機が広がっている。安定した住まいを失った人たちがホームレス化してしまえば、体調も崩しやすくなり、清潔を保つことも困難になる。人道的な観点からも、公衆衛生的な観点からも、そうした事態は絶対に避けなければならない。
すでに住まいを失っている人たちの状況も深刻だ。
路上生活者はサバイバル生活に慣れていると見られがちだが、実は家がないからこそ、都市のさまざまな機能に依存した生活を送っている。飲食店が休業になれば、店の残り物をもらうこともできなくなり、図書館が閉まれば、昼間の居場所もなくなってしまう。また、ネットカフェに生活している人は都内だけで約4000人(2018年、東京都調査)と推計されているが、ネットカフェが休業になれば、この人たちは一斉に路頭に迷うことになる。
これらの危機的状況を回避するためには、「住まいを失わないための支援」と「住まいを失った人への緊急支援」の両方を大幅に強化する必要がある。
本稿は、この「もう一つの緊急事態」に際して、私たち生活困窮者支援活動の関係者が取り組んだアクションの記録である。危機は今も進行しており、アクションも継続している。そのため、日記形式の記載で現状を報告したい。
現場は今!支援は始まっている
私が関わっているのは、主に以下の3つの団体である。
●一般社団法人つくろい東京ファンド(以下、「つくろい」と略す)
2014年、設立。都内の空き家・空き室を借り上げて、個室シェルターや支援住宅として低所得者への住宅支援に活用する事業を展開している。設立以来、私が代表理事を務めている。
●住まいの貧困に取り組むネットワーク(以下、「住まいの貧困ネット」と略す)
2009年、「住まいの貧困」の解消をめざし、生活困窮者支援の関係者や住宅問題に取り組んできた活動家、研究者、法律家らによって結成されたネットワーク。住宅政策の転換を求める働きかけや政策提言に力を入れている。私は坂庭国晴さん(国民の住まいを守る全国連絡会代表幹事)とともに世話人を務めている。
●認定NPO法人ビッグイシュー基金(以下、「ビッグイシュー基金」と略す)
2007年、設立。路上生活者の仕事づくりに取り組むビッグイシュー日本と連携しながら、路上生活者の生活支援や文化・スポーツ活動などに取り組んでいる。2019年12月、私は米本昌平さん(東京大学客員教授)、枝元なほみさん(料理研究家)とともに共同代表に就任した。
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2020年 3月6日(金)
・テレワークや時短勤務が広がり、「ビッグイシュー」の路上販売に苦戦している販売者が増えている。炊き出しを休止する支援団体も増えており、路上生活者の困窮がさらに深まっている。ビッグイシュー基金のメンバーで話し合いを行い、Amazonほしい物リストを活用した支援物資(保存できる食品など)を募集するキャンペーンを始める。
・Twitterで呼びかけたところ、瞬く間にAmazonのリストの品がすべて充足され、反響の大きさに感激する。集まった物品は、ビッグイシュー基金だけでなく、連携している各地の支援団体ともシェアすることにする。
3月16日(月)
・ビッグイシュー基金とつくろい東京ファンドが合同で実施している夜回りに参加。新橋、日比谷公園、有楽町周辺を歩いて、野宿をしている人約20人に声をかける。有楽町駅近くで、60代の男性と話をする。
Amazonほしい物リスト
通販サイトAmazonのサービスの一つ。欲しいものをリストにして公開すると、リストを見た人がギフトとして贈ることができる。