なぜ子どもに関わることについて子どもの意見は尊重されなければならないのかについても説明しておきたいと思います。2006年に国連で採択された「障害者の権利に関する条約」がつくられるとき、「自分たちに関することを自分たち抜きに決めるな」というスローガンが掲げられましたが、これは子どもについても同じことが言えます。子どもは身体的・精神的に未熟で十分な判断能力がないという理由で、自分に関する物事であっても、親や周囲の大人に決められてしまいがちです。たとえば、校則にしても最終的には校長が決めるという仕組みの中では、子どもが意見を言えたとしても校則を決める権限までは与えられていません。結局、子どもは大人が決めたことに従わなければならないという状況に置かれることが非常に多いのです。
しかし、だからこそ子どもは意見を聞かれなければならないというのが第12条の考え方です。政府の日本語訳では「相応に考慮する」となっているので誤解を招きがちなのですが、英語の原文では「given due weight」と書かれています。つまり「(子どもの)考えを重みをもって受け止め、考慮する」というのが本来の意味と言えるでしょう。
子どもの権利条約を根付かせるために
子どもの権利条約第4条(締約国の実施義務)には「締約国は、この条約において認められる権利の実施のためのあらゆる適当な立法上、行政上およびその他の措置をとる」とあり、日本も締約国としてこの義務を負っています。また第44条(締約国の報告義務)により、締約国は条約を批准してからは2年以内、その後は5年ごとに、子どもの権利条約をどう守ったかを子どもの権利委員会に報告すること、委員会は、ユニセフなどの国連機関やNGO等からの情報も踏まえてその内容を審査して、足りないところがあれば締約国に是正のための勧告をすることが定められています。これは、人権保障を実現していくという困難な作業を進めるための仕組みです。
これまで、子どもの権利委員会は日本政府に対し多くの勧告を行ってきました。一番最近のものは2019年で、委員会は、緊急の措置がとられなければならない分野として(1)差別、(2)子どもの意見の尊重、(3)体罰、(4)親からの虐待や養育放棄などにより家庭環境を奪われた子どもの保護、(5)生殖に関する健康及び精神的健康、(6)少年司法、の6つを挙げました。これらの分野以外についても、委員会は、(A)子どもについての包括的な基本法がない、(B)国の機関として人権を促進・擁護するオンブズマンがいない、(C)児童ポルノ、(D)過度に競争的な教育、(E)いじめや自殺、などの問題について繰り返し日本政府に指摘し、対処を求めています。しかし、これらの勧告によって改善がなされるかというと、残念ながらなかなかそうはなっていないというのが現実です。
もちろん、委員会の勧告を実現する責任は、国にあるのですが、同時に、政府だけの問題ではなく、結局、人々が子どもの権利を守ることにどれだけ関心を持っているかが大きく影響しているとも言えます。人々がこれまでのやり方を変える必要がないと思っているようであれば、政府も、国際条約にあるから、あるいは国連に言われたからというだけで新たな施策を打ち出そうとはしないでしょう。国民の代表である国会議員も、法律を改正したり、新しい法律を作る必要を感じないでしょう。人権を守るためには社会の意識が変わるのを待つのではなく、むしろ政府の側から社会を変えていく義務があるのですが、政府が動かない場合は、どうすれば良いか。
政府が動かないのならば、たとえば裁判所が子どもの人権を守る方向で判決を出すといった、司法の役割も重要です。問題は、日本の裁判所も子どもの権利条約について十分に理解していないということです。その理由のひとつには、法曹教育の中で基本的には子どもの権利条約も含めた国際法について学ばないということが挙げられます。もちろん、裁判官は、国際法は憲法の次に遵守すべきだという位置づけは理解しています。しかし、国際法はいわば特殊な法律で、条文は文化も民族も言語も宗教も違う国の人たちが通訳を介しながら議論してつくられたものですから、言葉遣いがわかりにくかったり、通常の法律とは違う言い回しも見られたりします。法解釈のプロを自任する裁判官だからこそ、そういう法律をどう解釈すればよいのかという戸惑いもあるのでしょう。今後は、裁判官に限らず、弁護士や検察官も法曹教育の課程で必ず国際法を学び、十分な理解と自信をもって、子どもの権利条約を論拠とした議論ができるようになることが必要だと思います。
それでも、最近では子どもの権利条約を根拠とする判決も少しずつ出てきています。たとえば、2021年3月、名古屋地裁は、マンション建設で幼稚園の日照権が侵害されたことに対する訴訟に対し、259万円の賠償を命じ、子どもの権利条約がその判断の根拠のひとつとされました。こうした画期的な判決を下した裁判官を、市民の側から支えていくことも非常に大切です。
子どもの権利は大人もエンパワメントする
そして、市民ひとりひとりには、ぜひ子どもの権利条約にどういうことが書かれているのか、知ってほしいと思います。というのは、子どもの権利条約は子どもだけではなく、大人の生き方もエンパワメントするものだからです。
たとえば、私たち大人もけっして言いたいことを自由に言えているわけではありません。つい「こんなことを言えばどう思われるか」と忖度し、口を閉ざしてしまうということはよくあります。これは、日本が和を重んじる社会であるということも影響しているのだと思いますが、私自身、国際社会で仕事をしていく中で、自分の意見を堂々と言えないことでは非常に苦労しています。