この通知は、日本の現行法制は、子どもの権利条約と「軌を一にするものであり」、「本条約の発効により、教育関係について特に法令等の改正の必要はない」という立場をとるものでした。特にポイントとなるのは、詳細を通達する「記」の第1項で「もとより、学校において児童生徒等に権利及び義務をともに正しく理解をさせることは極めて重要」としていることです。子どもの権利条約に示されてきたように、本来、子どもが持つ権利に対し、義務を負うのは親などの保護者や国(締約国)のはずです。しかし日本の学校では、教師が「権利を主張するなら、まず義務を果たせ」と生徒を指導することが多く、その背景には、この通知にあるように「権利と義務は対」であるというような誤った考え方を旧文部省が出し、それが今もって撤回されていないことがあります。
また、通知の第4項では、子どもの権利条約で子どもの「意見を表明する権利」や「表現の自由についての権利」が定められているとしながらも、「もとより学校においては、その教育目的を達成するために必要な合理的範囲内で児童生徒等に対し、指導や指示を行い、また校則を定めることができるものである」としています。これはつまり、子どもたちが校則について自分たちの意見を表明しても、それは学校の指導の対象だということです。「意見を表明する権利」については第5項でも「必ず反映されるということまでをも求めているものではない」とあり、子どもの意見を聞くというより、むしろ教育指導に従うことのほうが優先するという、いわば歯止め規定が書かれているのです。
学習指導要領の壁
この第4項、第5項の考え方をさらに明確に伝えるのが中学校学習指導要領です。
一番わかりやすいのは第5章「特別活動」に「生徒会活動」が含まれていることで、つまり生徒会は生徒の自治のための組織ではなく、「特別活動」という学習指導要領の枠の中の指導対象という位置づけになっています。「異年齢の生徒同士で協力し、学校生活の充実と向上を図るための諸問題の解決に向けて、計画を立て役割を分担し、協力して運営することに自主的、実践的に取り組むことを通して、第1の目標に掲げる資質・能力を育成することを目指す」という目標に沿って、顧問教師に指導されるのが生徒会活動ということですから、生徒が何か意見を言ったとしても、教師から見れば、それは指導の対象です。
これは要するに、「生徒はどんどん意見を言いなさい」と指導されるけれども、「でも決めるのは先生や学校ですよ」ということです。これは高校でも同じで、高校では校則とは別に生徒会規則というものがありますが、ほとんどの学校で留保規定として、生徒たちの「最高議決機関」である生徒総会で決めたことに対しても、実施できるかどうかは学校側が判断すると定められています。その結果、生徒からしてみれば、意見を言っても結局通じないじゃないかということが多々起こってしまうのです。
子どもの生きる意欲が低下している
意見を言っても通じないということが続けば、当然、子どもはやる気をなくします。そして、これは、学校だけの話ではありません。
アメリカの環境心理学者ロジャー・ハートが提唱した「参加のはしご」というモデルでは、大人の社会に子どもが参加する段階を8つに分け、下から3段を「あやつり」「飾り」「見せかけ」とし、真の参加は4段目の「役割を与えられ情報を受ける」から始まるとしています。
ひとつのゴールは、6段目の「おとなが着手し子どもとともに決定する」、つまり、大人と子どもが意思決定を共有することで、その後さらに「子どもが着手しおとなの指導を受ける」「子どもが着手し大人とともに決定する」という段階まで進みます。これは、全部を子どもの側が決めなくてもいいから、子どもの意思が尊重されたり、大人も子どももパートナーとして一緒に決定したりしていこうという考え方です。しかし、日本では子どもの参加といっても、大人が主導する下3段の「見せかけ型参加」であることが少なくありません。
こういう状況に置かれた子どもたちに「君たちには意見を表明したり、参加したりする権利がある」と言っても、決定に関われないのであれば意味がないと思われてしまうでしょう。「自分たちが何を言っても学校は変わらない」「どうせ無理だから、意見を言うなんてめんどうくさい」とあきらめてしまうのも当然だと思いますが、これでは子どもが本来持っている「自分もやってみたい」という能動的な活動意欲が奪われてしまいます。
こうした活動意欲の低下は子どもたちの自己肯定感の低下と相関関係にあります。自分に自信がある子どもは積極的に学び、人と関わる意欲を持っているのに対し、自信がない子どもは非常に消極的だということが、私たちの調査で明らかになっています。各種調査で示されているように、日本の子どもは諸外国に比べて非常に自己肯定感が低く、たとえば内閣府『令和元年版 子供・若者白書』では、「自分自身に満足している」という設問に対して、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」という肯定意識が日本の子ども・若者は約45%。一方、韓国とスウェーデンは70%超、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスは8割前後にも上ります。自己肯定感の低さは子どもの生きる意欲、学ぶ意欲、あるいは人と関わる意欲の低下をもたらします。年間3000人を超える青少年の自殺や不登校、引きこもりなどの社会問題とも深く結びついていると言えるでしょう。