スピーキングテストといってもさまざまなものがあり、一概にはくくれませんが、少なくともESAT-Jはテストとしてお粗末な出来だと言わざるを得ません。2022年11月27日に実施されたESAT-Jの設問を見ましたが、たとえば絵を見せてレストランが何階にあるかを答えさせるような問題(Part BのNo.1、図)で、実際の会話力を測ることなどできないでしょう。また、音読問題では中学学習指導要領の範囲を超えた英文が使われ、出題ミスだと問題視されています。
そもそも、試験で英語力を正確に測るのはとても難しいということを知っていただきたいと思います。中でも「会話」は相手がいて成り立つ行為ですから、表情や語調など非言語コミュニケーションも含めて微妙な要素が複雑に絡み、簡単に測定できるようなものではないのです。この問題は、大学入試改革で英語民間試験の活用が議論されたときにも提起されましたが、「英語を話す力とはなんなのか」「何をどう測定するのか」という根源的な疑問は、今回のESAT-Jでも何も解決されていません。
ちなみに、欧州評議会が策定した「CEFR(外国語の学習・教授・評価のためのヨーロッパ言語共通参照枠 Common European Framework of Reference for Languages)」という言語能力評価の尺度は日本でよく使われるようになりましたが、CEFRは2018年に、伝統的な四技能はコミュニケーションの現実を測るのに不十分であるとして、現在では七技能を尺度にしています。CEFRではもともと、「話す」も、スピーチやプレゼンテーションのように一方的に話すことと、相手がいるやりとりを区別していますが、日本の英語教育や試験には、そうした複雑なコミュニケーションに対応する概念は反映されていません。
ESAT-Jのもうひとつの大きな問題は、「流暢に喋る」ということを重視している点です。英語で話す力をつけようというとき、淀みなく流暢に話すことを目指す必要はありません。日本人には「ペラペラ信仰」があって、たとえば英語圏からの帰国生がアメリカ人っぽい発音でペラペラと英語を喋ると、間違った文法や発音であっても「かっこいい!」と称賛します。しかし、そんな英語を話しても、英語圏では尊敬されないどころか、状況によっては「失礼な言葉遣いだ」と相手を怒らせてしまうことだってありえます。立て板に水のように喋るというのは、裏を返せば、ろくに考えていないということですし、日本語でも英語でも、相手の言っていることがわからなければ聞き返したり、言い淀んだり、「うーん、そうだねえ」などと考えながら訥々(とつとつ)と話したりするでしょう。
――確かに、日本語でもそうペラペラとは話しませんね。
秒単位の短時間に「流暢に喋る」ことを評価するテストでは、間違っていても条件反射的に喋る受験生のほうが、「これはどう答えたらいいのか」と物事を深く考える生徒よりも高得点を取ってしまう可能性があります。じっくりと考えながら話すことをマイナスととらえてふるい落としていいのでしょうか。本来、深く考えるのは大切なことで、学習指導要領でも「思考力」育成を重視しているのですから、中学生には「あなたの価値はこんな試験では測れないのだから、めげないで」と伝えたいですね。
英語学習の基礎は「読む」ことにある
――「日本人の英語力は韓国や中国よりも低い。文法ばかり教えて、会話を教えないからだ」という意見もあります。会話重視は良いことではないでしょうか。
まず「日本人の英語力が韓国や中国よりも低い」と言われるとき、参照されるのは大抵の場合TOEFL(Test of English as a Foreign Language)のスコアだと思います。しかし、TOEFLは「主に大学・大学院レベルのアカデミックな場面で必要とされる英語運用能力を測定する試験」です。「スピーキング」セクションであっても単なる日常会話ではなく大学で必要とされる英語です。「リーデイング」セクションは、広範かつ高度な内容の長文を読んで理解できるかを測定します。日本人がTOEFLで高得点を取れない原因はそこにあるのですから、必要なのは、むしろ「読む」力と言えるでしょう。
また、「日本の英語教育は文法重視だ」とよく言われますが、1986年の臨時教育審議会(臨教審)第二次答申を受けて、1989年の学習指導要領改訂から日本の英語教育は一貫してコミュニケーションと称して会話を重視しています。中学校の英語教科書はほとんど会話文で構成されており、読解はごくわずかしかありません。内容も薄く、イラストを抜いてぎゅっと詰めたら、英文は数ページくらいがせいぜいでしょうか。
文法重視から会話重視の英語教育という方針転換は、「英語を武器に戦う企業戦士というグローバル人材」を求める経済界の要望と歩調を合わせた政治主導のものでした。しかし、日本の子どもたちの英語力は上がっていないのが現実です。2019年に公表された、中学3年生対象の全国英語学力調査の結果を見ると、主語や動詞の関係がわかっていない、butやand、because などを混同しているなど、文章を論理的にとらえる基礎的な力に課題があると言えます。
これはけっして中学生の責任ではありません。英語という言語は、日本語とは赤の他人と言ってもいいくらい違う言語なのですから、それを理解するには、やはり文法指導を適切に導入しながら、英語の基本的な構造を噛み砕いて説明していくことが大事なんです。