2022年11月27日、都立高入試英語スピーキングテスト(ESAT-J)が、各所からの疑問や不満の声を抱えたままとうとう実施されました。
多くの場合、こうした事案は問題点が指摘されると、十分ではないにせよ少なくとも一定程度が是正され、改善に向かっていくのが普通です。しかし、今回のESAT-J問題の特徴は、実施日が近づくにつれ新たな問題が次から次へと噴き出し続けたことにあります。この期に及んでも、反対運動が一層盛り上がっているのはそのためです。今回も最新の動きを紹介し、その問題点を考察したいと思います。
本連載第34回の「英語スピーキングテスト問題で都議会紛糾」で紹介したように、9月9日、私を含む53人の請求人はESAT-J事業に公金の支出をしないことと、事業の停止勧告を求める住民監査請求を行いました。ポイントは、都立高入試へのESAT-J導入が入学試験の公平性・透明性を害するおそれが大きいこと、そして個人情報の取り扱いにおける受験生への同意の取り方、個人情報の目的外使用の問題性にありました。
しかし10月27日、この住民監査請求は要件を欠いているとして「監査実施せず」――つまり却下となりました。理由詳細は、東京都監査事務局のホームページに掲載されています。
都監査事務局の監査結果本文には、〈本件事業は、教育基本法に定める地域における教育の振興を図る観点から都教委が行う施策であり、都教委の有する固有の権限内容であると解されるから、たとえ本件事業について請求人の主張するような点があったとしても、ただちに都の財務会計上の行為が違法又は不当であるとは評価できず〉とあり、私たち請求人の主張が妥当であったとしても、東京都教育委員会の固有の権限にあたる内容だから、都の財政支出に違法性や不当性はないとして請求自体が却下されてしまったのです。
これは「教育行政の独立性」を錦の御旗として、本来は実施すべき監査を回避したものに他なりません。
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10月31日、私が代表をつとめる「入試改革を考える会」は、東京都庁記者クラブで「中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)の都立高等学校の入学者選抜への活用を中止するための東京都議会議員連盟」(以下、英語スピーキング議連)と共同記者会見を行いました。この記者会見で私は、入試当日の受験会場マニュアルである「令和4年度中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)都立学校会場に関するガイドライン 」(教育庁指導部)を取り上げました。このマニュアルには〈新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、受験教室1教室の収容数は原則30名としますが、収容数に合わせた机・椅子の事前レイアウトは不要です〉と書かれています。
21年に行われたプレテストで試験監督や受験生から私が聞き取りをしたところ、1教室あたりの受験人数は20人前後で、試験の順番を待つ時間中に「他の受験生が英語を話す声が聞こえる」との意見が多数届きました。1教室あたり30人の試験会場では、その可能性は一層高くなります。他の受験生が回答する音声を耳にしてから試験にのぞむことは、カンニングを意味します。試験の前半実施組、後半実施組に同じ問題が出されることによる問題漏洩の危険性に加えて、他の受験生の回答が聞こえることでも試験の正当性が失われる点を私は強調しました。
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共同記者会見の席上で、英語スピーキング議連の風間ゆたか会長(東京都議会議員・立憲民主党)からは、同会の取り組みの報告がありました。英語スピーキング議連は10月17日に東京都教育委員会に対して合同ヒアリングを行い、同24日の決算委員会の教育庁質疑でESAT-Jを取り上げました。中でも注目されたのは決算委員会で風間議員が質問し、問題と指摘した「入試情報の格差」です。
東京都教育委員会は、21年9月に「22年度に実施するESAT-Jは入試に反映させ、1000点満点に20点分追加して1020点満点にする」と決定し、各市区教育委員会に通達したと説明しました。そのことで風間議員は、「この情報は今の中3生、当時の中2生の生徒と保護者に届いたのか?」と質問しました。対して東京都教育委員会は、「教育長会、各教育委員会、各校長会で、口頭で伝えた」と答弁しました。
さらに「各中学校から生徒に対してどのように通達したのか?」と質問したところ、「承知していない」との返答でした。しかし学校に伝えたという一方で、通達が来ていないという生徒・保護者の声が風間議員のところにたくさん届いているとのことでした。東京都教育委員会がESAT-Jの都立高入試活用について、初めて文書で通知したのが22年4月です。その文書がきちんと行き渡ったとしても、受験に取り入れられることを21年9月に知って準備を進めた生徒と、約半年後の翌年4月に知った生徒では大きな情報格差があり、不公平であると風間議員は指摘しました。
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共同記者会見の翌11月1日、東京都教育委員会は「令和4年度 中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)における受験会場の決定について」という通知を各中学校校長宛に出しました。当初は「10月上旬には知らせる」となっていましたが、調整に時間がかかり、この日にようやく11月27日の受験会場が伝えられました。しかし、ここでまたしても大きな波紋が生じました。
本通知で受験生、保護者、現場中学校教員を驚かせたのは、指定された受験会場が遠方であることが結構多かった点です。たとえば品川区内の中学校に通う受験生が杉並区内の会場で、三鷹市内の中学校に通う受験生が杉並区や世田谷区内の会場で、八王子市内の中学校に通う受験生が昭島市内の会場で受験するとの情報が私のところにも届いていました。受験生の住所地によっては、会場までかなり時間を要するケースもありました。とくに八王子市のある中学区から昭島市内の受験会場へは、電車・バスの乗り継ぎも不便だったようです。大学受験生ならまだしも、日ごろ学区内の中学校へ徒歩で通学している子が、公共交通機関を乗り継いで見知らぬ町の受験会場へ出かけるのは大変だったと思います。